2月の国立劇場ロビーにて。

襲名祝いのお飾りには、政界、芸能界、アート界などの錚々たる名前が並んだ




――文学者と太夫の共通点

キャンベル 肉体的なトレーニングはなさいますか?


織太夫 声帯は筋肉なので、やればやるほど鍛えられる。休めてはダメなんです。舞台を何時間もやって、さらに稽古でも抑えずに本息でやる。高い、細い、きれいな声と言われてきた、その自分の声や芸格を、年輪のように太くしていくのは、いわゆるトレーニングではなく、稽古量だと思います。


キャンベル なるほど。じつは以前は、酔いしれるほど美しい声ではあるけれど、表現の幅もそのきれいさの範疇に収まってしまうのでは、と勝手ながら心配していました。年輪が加わることによって、やはり表情が違ってくるんですね。


織太夫 いい芸というのは、不安や迷いがない芸。迷いが取り払われるまで稽古して、「私はこれを出します」という自信がないと、お客さまに不安が伝わってしまう。相撲が強くなるには、筋トレではなく四股(しこ)と鉄砲(てっぽう)とすり足。それと一緒で、太夫に必要なのはボイストレーニングではない。浄瑠璃の稽古が私を育ててくれるんです。


キャンベル 私は近世中期から後期の文学が専門で、写本、版本といった文献資料を相手にします。日本ではほとんどの版本が翻刻(活字に起こすこと)されていないので、それを判読し、その中から問いを見いだし俎上にのせ、いろいろな資料にぶつけて解析していくのですが、結局いちばん基本となるのは、「くずし字」が読めるかどうかなんです。言文一致以前の日本語の文献には、漢文から戯作までざっと5つくらいの文体のレベルがある。そのそれぞれで、気配を感じ、行間を読まなければならない。どうやるのかと聞かれますが、ひたすら字面を読む。音読できるくらいの速度で読めるのが理想です。


織太夫 やはり基礎が重要なんですね。


キャンベル いちばんいいのは、手紙を読むこと。木版でなく生の手紙は、字に書く人の癖が出て千差万別。それが読めるようになると、なんでも読めるんです。そして読んでいるうちに、次の行に何が出てくるのかがわかるようになる。簡単な例では、梅が出てきたら次は鶯、鶯の鳴き声は親鳥に対する恋しい気持ちを表して......と。理論的な研究だけ重ねても、そこは習得できないんですね。


織太夫 それはセンスですよね。


キャンベル そのセンスは、ひたすら読むことでしか養われない。できれば地下鉄の中でも版本を開くくらいに(笑)、どっぷり浸って溺れるように読んでいないと。小さな接点ですが、先ほどのお話と共通しているなと。


織太夫 まさに、浄瑠璃も同じです。床本(台本)の裏まで読めと言われます。



――文楽の現在と未来

キャンベル ところで、舞台の上から、今の世の中はどう見えますか?  太夫として伝統芸能を伝え、身体を通して響かせている、その声が届いていると思いますか。


織太夫 文楽が生まれた大阪は情の深い街です。ここ数年、文楽という芸能を街の誇りにしようという気運が高まっているのを感じます。また現代美術家の杉本博司さんが演出する杉本文楽や、三谷幸喜さんが書き下ろした新作を上演するなど、文楽というものの環境に広がりが出てきました。


キャンベル 大阪の誇りとおっしゃいましたが、それは形骸化した文化遺産的なものとして捉えているのではなく?


織太夫 そういう行政的な考えではなく、街の人たちからですね。私の襲名では史上最長といわれたお練り(ご挨拶まわり)をして、たくさんの人が集まりました。また東京には、いわゆる〝アンテナが4本立っている〞感度の高い人がいっぱいいて、彼らが、いま文楽が面白いと言っています。オンラインでチケットが買えるようになって、とくに東京は若い人がものすごく入ってきて客層が変わりました。


キャンベル インターネット時代は、自分の時間をモザイクのように瞬時に組み替えられる。そうして時間の感覚が変わると、戯曲や演技も変わってきますか?  たとえば(京舞の)井上八千代さんは、先代のおばあさまの時代に比べて踊りの速度を速めてみたけれど、結局違和感を覚えて元に戻したとうかがいました。浄瑠璃はどうでしょう。


織太夫 私が好きなのは、大正時代の太夫たちが語る浄瑠璃の速度。現代からしたら速いんですが、言葉が粒立っているんですよ。時代によって変化はありますね。



――個性を滅した先にあるもの

キャンベル 今まで大きな挫折というのは?


織太夫 私は挫折を挫折と思わないか、あっても気づいていないのかもしれません。逆にそれがパワーになる。自己責任で、信じる道を突き進むタイプです。


キャンベル ここまでお話ししてきて、織太夫にはやはり個性があるというか、強い自我を感じます。「オレがオレが」という欧米的な感覚とも違うんですが、「全部みなさんのおかげです」という感覚では決してない。


織太夫 周囲が望んでくださって務めているので。最初に自分から何かやりたいと言ったことはありません。代役も、襲名も、お練りも、出版も全部です(笑)。


キャンベル そう言えてしまうところです(笑)。自分が将来の文楽を担っていくと言いきり、独り立ちをして、一粒としておられる。結果として非常に孤独にも見えます。自分の芸の全責任は、自分にあるということですね。芸風にも、それは現れているのではないでしょうか。


織太夫 どうでしょう(笑)。でも伝承とは、基本的にはモノマネから。師匠や尊敬する先輩の芸を、理屈なくマネして、コピーして、自分をなくすところからやっているつもりなんです。なので、それが私の個性や芸風になっているとおっしゃることに対して、今ビックリしています。


キャンベル 非常に面白いお話でした。最後に、今後のご予定は?


織太夫 4月、5月は人形遣いの五代目吉田玉助さんの襲名披露があって、そのときは文楽で最長老の三味線、鶴澤寛治師匠と舞台をご一緒させていただきます。これは稽古で新たな芸風を学べる最高のチャンスです。


キャンベル 離陸するための新たな滑走路が見えているんですね。


織太夫 それに今はまだ、引退したとはいえ住太夫師匠も嶋太夫師匠もいらして、教えてもらえる。ひとことでも何か言ってもらえたら、うれしいですね。飛行機も高く飛ぶためには、向かい風が強いほうがいいですから(笑)。


キャンベル これからも精進なさって、いい舞台を期待しています。


編集部注:竹本住太夫さんは、この対談の後日、4月28日に逝去されました。