2017年11月8日~12月3日まで、フランス・パリの

グラン・パレにて開催された

「Hermès à Tire d’Aile: Les Mondes de Leïla Menchari

(羽ばたくエルメスーレイラ・マンシャリの世界)」展より

 エルメスの手にかかれば、ハンドバッグや乗馬用のサドル、スーツケースを買うためのウィンドウ・ショッピングも、最高級のアートに変わる。このラグジュアリーブランドが2017年11月8日から12月3日まで、フランス・パリのグラン・パレで開催した入場無料の展覧会は、店頭のウィンドウで商品を鑑賞する――買うのではなく――という楽しみを教えてくれるものだった。


 展示は8つの幻想的なウィンドウ・ディスプレイで構成されていた。そのすべてを手がけたのが、チュニジア出身のデザインの女王、レイラ・マンシャリだ。彼女は1978年から2013年までのあいだ、パリのフォーブール・サントノレ街にあるエルメス第一号店の大きなウィンドウを手がけていた。

「エルメスは、レイラなしにはエルメスたり得なかったでしょう」。展覧会のオープニングで、この高級メゾンのCEO、アクセル・デュマは語った。


 エルメス主催の展覧会「Hermès à Tire d’Aile: Les Mondes de Leïla Menchari(羽ばたくエルメス-レイラ・マンシャリの世界)」の開催と同時に、ギャラリー・ラファイエット、ボン・マルシェ、プランタンといった有名百貨店で、クリスマス恒例のウィンドウ・ディスプレイもお披露目された。これは、2010年にパリのアラブ世界研究所で、今回のようにレイラ・マンシャリのウィンドウ・ディスプレイを展示した展覧会の内容を反映したものでもある。

 だがデュマCEOは、この展覧会はプロモーション活動のためのものではないと言い切った。「レイラのウィンドウは、通りすがりの人なら誰でも無料で見られるものでした。だからこの展覧会は入場無料なのです」とデュマ氏。


 エルメスのアーティスティック・ディレクターを務めるピエール=アレクシィ・デュマはこう語る。「何よりも大切にしたのは、レイラと、彼女がエルメスで成した仕事に敬意を表すこと。われわれは、エルメスらしさを無視するわけにはいきませんでした。レイラとそのキャリアは、われわれのブランドと分かちがたく結びついているのですから」



ジオード(天然石の中空にできた水晶の結晶)に刻まれたペガサスの彫刻



 展示されたエルメスのアイテムは唯一無二の芸術作品であり、売り物ではない。これはレイラがウィンドウを手がけていたときも同様だ。エルメスの職人たちがディスプレイのためにつくったアイテムのほとんどは、決して売りに出されなかった。

 展覧会に出品されたディスプレイはそれぞれ、実際のエルメスのウィンドウよりも大きいサイズでつくられ、観覧者とのあいだを隔てるガラスは存在しない。臨場感のあるオープン形式のステージのように構築されているのだ。


 2011年のウィンドウを元にしたあるディスプレイには、ステンレス・スチールと明るい茶色のレザーでできたパーツからなる馬の像がある。これはフランスの彫刻家、クリスチャン・ルノンシアの作品だ。かたわらには、この馬の像とマッチした、茶色いレザーでトリミングされたシルバーのスーツケースが置かれている。



「レイラのウィンドウは、通りすがりの人なら誰でも無料で見られるものでした」と、

レイラ・マンシャリについて語ったエルメスCEOのアクセル・デュマ。

レイラは2013年まで、このラグジュアリーブランドの第一号店の

大きなウィンドウのディスプレイを手がけていた



 白と淡いクリーム色の色調でまとめられた別のディスプレイは、インドを連想させる。手の込んだアンティークの木彫りの衝立と、ラジャスターン地方の大理石の噴水、蓮の花を腕に抱えたインドの女性たちが描かれたジャイプールの大理石のパネルがふたつ、そしてサイズの異なるエルメスのハンドバッグが7つ、飾られている。これは2008年のウィンドウを元にしたものだ。


 3つめのディスプレイでは、チュニジアの織物を背景に、精巧に手彫りされたインドネシアの動物の頭像が置かれている。床には、乾燥したエキゾチックな種子や葉が散らばっている。シルクの糸とパールで刺しゅうを施した乗馬用サドルは、まるでヒョウの毛皮でできているかのよう。ほかのアイテムも、野生動物の皮に似せて作られている。


 展覧会の開催にあわせて、エルメスによる書籍『Leïla Menchari, Queen of Enchantment(レイラ・マンシャリ―魔術の女王)』(Actes Sud社)がフランス語と英語で刊行された。137のウィンドウ・ディスプレイの実例を挙げて、レイラの人生と業績をたどる内容となっている。およそ90年前に裕福な地主の家に生まれ、チュニジアとパリで芸術を学んだレイラが、1961年にエルメスのウィンドウ・ディスプレイ・アシスタントになってから、類まれなキャリアをおさめるまでの軌跡をたどるものだ(エルメスはレイラの正確な年齢を公表していない)。


「エルメスにやって来たとき、私は気づいていなかったのです、自分が人生で最も美しい罠にかかってしまったのだということに」と、展覧会でレイラ・マンシャリは語った。彼女は、自らの手がけたウィンドウを小さな劇場のセットにたとえた。そこでは、それぞれのオブジェが自らの役を美しく演じなければならないのだ。「魔法をかけなければならないのです、それも完璧に。見事につくられたものは、必ず人を引きつけるのですから」











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