グランジのアパルトマンには、モダンアート、コンテンポラリーアート、

20世紀のデザインプロダクト、写真や骨董品を含む

世界に誇るべきコレクションが並ぶ



 彼はこれでコレクター人生に幕を降ろすのだろうか? グランジのことをよく理解しているパスボンは笑って、「幕開けだよ」と言う。グランジも同意見だ。「これは始まりだ。新生とでもいうのかな。オークションで得た資金で、またいろいろと新しいものを選ぶことができる。コレクションは続けるよ」


 このデザイナーの天賦の才能は、エコール・ブールとエコール・カモンドというパリのデザイン学校で、装飾芸術の巨匠アンリ・サミュエルとディディエ・アーロンの教えを受けたことでさらに磨かれた。彼が初めて手に入れたのは、70年代の初め頃に有名なパリのギャラリー「ジャンヌ・フィヨン」で購入した、前衛的なアーティスト集団・ナビ派の絵が描かれたアンティークのつい立てだった。当時20代後半だったグランジは、このために支払い計画を立ててなんとか買うことができたという。当時を振り返り、「あの時の経験を本当に誇りに思っているよ。この作品のために1年間、毎月支払いを続けたんだ」と語る(この作品は現在も彼の自宅に残っているが、今回のオークションには出品されない)。


 成功者となり知名度が上がるにつれ、グランジは本格的にコレクションを蒐集するためのお金も手にするようになった。陶芸品に熱中し、また、ピカソやミロ、ゴーギャンといったアーティストの作品も購入した。アール・ヌーヴォーやエクトール・ギマールの作品の魅力に目覚め、60年代にはクライアントの依頼で初めてアトリエを訪れたディエゴ・ジャコメッティの小さな彫刻もいくつか買い入れた。そしてパスボンの薦めで、アレクサンドル・ノルやジャン・ロワイエなどの作品も知った。グランジはつねに好奇心が旺盛で、心を打たれた作品は必ず購入した。話を急ぐときにグランジがよく言う口癖を借りるなら、「あれもそれもこれも……」といった具合だ。



今回オークションを開くことにした理由を、

グランジは「もう若くないから」と説明する。

「家に物が多すぎる。この機会に、

生活に新しいエネルギーを取り入れるべきだって決心したんだ



 「グランジはつねに、どの作品が重要でどれがそうでないのかを見分ける優れた直感力を持っている」と言うのは、今回の競売をグランジとともに準備した、サザビーズの20世紀デザイン部門の国際統括責任者のひとり、セシル・ヴェルディエールだ。グランジはまた、これまで見過ごされてきたデザイナーや時代の価値を見出す才能も備えていた。サン=ローランやアンディ・ウォーホルの作品以外に、彼はアール・デコの家具もコレクションしている。とりわけジャン・ミシェル・フランクの作品を、市場での評価が高くなる何年も前から買い集めていた。彼が品物を買うのは投資目的ではなく、それが好きだからだ。しかし彼が愛着をもったものは、後になって投資的にとてつもない価値を生むのだ。


 今回出品されるアイテムは、競売にかければプレミアムな価格で売れるとヴェルディエールは確信している。理由は、グランジという人物そのものがすでにトレードマークだからだ。「人々は彼のセンスも評価していますが、その背景にある彼自身の穏やかな人柄も愛しているのです」


 世界的なトレンドリーダーたちのあいだでもこのデザイナーの評価は高く、今回のオークションに興味を示している者は非常に多い。そのうちのひとり、エアリン・ローダーは、父のロナルド・ローダーを通じて18年前にグランジと知り合った。その縁で、彼女は初めて購入したマンハッタンのアパートの内装をグランジに依頼している。一緒にアンティークショップを回って、さまざまな時代やスタイルを組み合わせるスタイリングを教わったことを振り返り、エリアンはグランジのことをまるで「魔法使い」のようだと評した。


「彼のコレクションは本当に驚くべきものよ」と、ラグジュアリーなインテリアやライフスタイルのブランドを経営するローダーは言う。「それがまたジャックの面白いところでもあるんだけど。彼は、とんでもなく価値のあるジャコメッティのテーブルやルールマンの作品から、とても小さくて素敵な陶器みたいなものまで見つけことができるの」



11月21日と22日、サザビーズがパリで開催するオークションには

グランジのコレクションから150点もの作品が出品される



 自分が買い集めた20世紀のデザインプロダクトに、近年、とても高い値段が付いていることにグランジは愕然としたという。コレクションをすることは、もはや道楽ではなくなってしまった。「15年前には、プルーヴェやペリアンの作品もかなりお手頃な価格で入手できたんだ。今ではありえないけれどね。ジャコメッティにも、とほうもない値段がついてしまった。もうルールなんてないんだ」


 昨今、グランジがその確かな眼で注目しているのは、1950年代と60年代のイタリアの家具やアート作品だ。また、最近出会った後期ミッドセンチュリーのフランス人アーティストの作品も「とても興味深い」と言う。

 そのアーティストの名前は?

「この話は忘れてくれ」と、有能なコレクターであるグランジは話題を変え、それ以上の情報を与えなかった。


 オークション当日は、フォーブール・サントノレ通りにあるサザビーズの競売会場で、自分は舞台裏からカーテン越しにのぞいているだろうとグランジは想像している。自分のコレクションがこれまでにない熱気を呼び起こすのではないかと期待しながら。

「“おお、結構高い値がついたなあ”とか、“おや、そんなに安いのか”とかね。もちろん、それを見届けたいのさ」