京都は、かつて帝の住まう王城の地であるとともに、学術と芸術が花開く学芸の都でもあった。今も狭い市中に多くの大学を持ち、芸術系大学も少なくない。加えて美術館、古刹、小さなギャラリーがそこかしこにある。ここでは伝統的な芸術から現代アートまで、創作と発表が長きにわたって繰り返されているのだ。


 その京都では今まさに、世界各地の写真家が市内19ヶ所にわかれて腕と感性を競い合う国際写真祭、「KYOTO GRAPHIE」が開催中だ。そんな中、写真表現の現在を知ることができる「KYOTO GRAPHIE」の取り組みとは一線を画しながら、同じ京都で行なわれるユニークな写真展がある。



夜明けのカヌー(クック諸島、ラロトンガ島、1997年)



 市中の東北、左京区北白川は、比叡山から大文字山に連なる山並みが眼前にある閑静な住宅街。古くから京都大学の学者たちが多く暮らす京都学派の根城だ。政治と経済の中心から離れ、自由な学問を追求してきた京都学派。その巨星のひとりに梅棹忠夫(1920〜2010)がいた。世界各地を歩き続けた民族学者、文明学者で、京大教授から国立民族学博物館の初代館長になった。この梅棹も北白川の住人で、没後に旧邸は次男のマヤオさんの手によりギャラリーに改装された。この「ロンドクレアント」で今回開催されるのが、飯田裕子写真展『楽園創生〜南太平洋の命とマナ(霊力)を訪ねて~』である。


 飯田さんは、1990年代から長きにわたって南太平洋の島々を旅してきた写真家だ。日本から遠い地を訪ね、そこで遭遇した自然と異文化に触発されてシャッターを切る。写真家の行為としてはオーソドックスに思える。しかし、飯田さんはさらに踏み込んで、島々の自然や人々の営みの中に、目に見えない霊力を捉えようとしてきた。そうして生まれた作品には、生々しい命の息吹とともに、スピリチュアルなパワーが宿っている。専門研究者の調査に随行するなど、学術成果を礎にしているところも特徴だ。



産み落とされるマグマ〜女神ペレの咆哮(USAハワイ州、ハワイ島、キラウエア火山。2006年)



 飯田さんはいう。

「南太平洋、とりわけメラネシアやポリネシアには、マナ、すなわち霊力への信仰があります。この世には、神さま、ご先祖さまの見えない力が働いているという信仰です。たとえば、たくさんの恵みをもたらす海や山にはマナが宿ると考え、必要以上に魚や木の実を採ったりはしません。島に住む人たちからマナについてたくさんの話を聞きながら撮影するうちに、現実と信仰が交差する不思議な瞬間も体験しました」


 今回展示される写真は30数点。タヒチ、クック諸島を中心に、ニューギニア、フィジー、ハワイ、そして沖縄の自然と人の営みを写し撮った作品である。展覧会のタイトル「楽園創生」は、もちろん南太平洋=楽園というイメージが根底にあるが、そこにはひとつのメッセージが込められている。飯田さんとも親しい研究者が最近書き上げた論文によれば、18世紀や19世紀に南太平洋の島々を訪ねたヨーロッパ人たちが「楽園」と評したのは、原始の自然ではなく、人が小さな力で切り開いた場所、つまり自然と人とが調和した場所だったという。



ガーデンアイランドの滝(フィジー共和国、タベウニ島、ボウマの滝・2004年)