今から数年前。当時オープンしたばかりの都内のとあるショップに置かれた木工のベンチに、ふと目が釘付けになった。ベンチの木肌は、釘で何度も刻んだような無数の跡で覆われていた。妙に心惹かれて、このベンチはどこのものか尋ねた。それが、私としょうぶ学園との出会いだった。


 その後、多くのデザイナーやアーティストたちがしょうぶ学園を口々に讃え、鹿児島まで足繁く通っているのを見聞きして、何が人々を惹きつけるのだろうと不思議に思った。本誌創刊号(2015年3月25日号)では、ノンフィクション作家の佐々涼子さんが鹿児島を訪れ、学園の日々の営みから見えてくる美や、しあわせのかたちについての考察を綴った。



利用者が好きなように差した糸の塊りを、ブローチに。

まさに、「できてしまう」色とカタチ。

そのハッとするほど素敵な色の取り合わせに、心踊らされる

ブローチ 各 ¥2,778



 園長の福森 伸さんは、施設に就職した当初、葛藤を抱えていた。利用者たちに木工を教えても、規格通りのものはうまく出来ない。ある利用者は板に釘で穴を空け、ある利用者はのこぎりで傷つける。その行為は、何のためにやるのか。何回も何回も教える。利用者を社会に適応させようと必死で取り組んでいるのだが、実は自分たちの価値観を一方的に押しつけているのではないか――。徒労感が募る中、妻の順子さんが、ふと言う。「もう、やりたくない人に無理になにかをやらせようとするのはやめよう」。彼女は、利用者が好き勝手に刺した色とりどりの糸の塊を手にとり、「でもこれ、何だか面白いじゃない?」。その言葉に、福森さんは目を開かされたと言う。


「障がいと呼ぶか、美と呼ぶか」――。釘で執拗に穴をあけられた木版は、職員がトレーにしつらえ、無数の穴や傷はアートになった。(2015年3月25日号より抜粋・中略)



利用者が釘やのこぎりで穴をあけたり、

キズをつけたり木板を、職員が器にしつらえる。

果物をのせようか、パンやお惣菜をのせようか。

なにをのせても映える、なんとも味わいのある木肌

(上)長角皿 ¥1,945

(下)四角皿 ¥1,482

PHOTOGRAPH BY OGOTO WATANABE