今年3月から、故エドワード・ヤンの傑作『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』('91)が25年ぶりに上映され、新旧ファンが映画館に詰めかけた。1960年代の台北を舞台に、時代のうねりのなかで切なく震える青春を刻み付けたマスター・ピースだ。この作品でチャン・チェン(張震)が鮮烈なデビューを果たしたのは14歳のとき。


「『レッドクリフ』の撮影中に、久しぶりに『牯嶺街少年殺人事』を見直したら、自分の台詞はもとより、ほかの人の台詞もすべて憶えていて。それほど決定的な体験だったのだと、改めて気づきました。当時はまだ演技がどういうものかわかっていなかったけれど、この映画がなければ僕は役者になっていなかった。それは確実だと思います」


 その後、チャン・チェンは、ウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』(’97)、アン・リーの『グリーン・デスティニ—』(’00)、『レッドクリフPartⅠ&Ⅱ』(’08、09)、ホウ・シャオシェンの『黒衣の刺客』('15)など、アジアを代表する監督たちから熱い信頼を寄せられる役者として進化を重ねてきた。

チャン・チェン(張震)

1976年台北生まれ。14歳の時、父と兄が出演するエドワード・ヤン監督作

『牯嶺街少年殺人事件』の主演に抜擢され、演技の道へ。

ヤン監督作『カップルズ』(’96)に続き、『ブエノスアイレス』、

『グランド・マスター』('13)、『グリーン・デスティニー』など

ヒット作に次々出演。アジアの名だたる監督たちからの信頼も厚い

撮影/塩崎 亨



 そんな彼の最新出演作は、東京国際映画祭でも上映された『MR.LONG/ミスター・ロン』。2005年のモントリオール映画祭で出会って以来、親交を深めてきた日本のSABU監督による作品だ。彼が演じるミスター・ロンは凄腕の殺し屋だが、日本での仕事に失敗し、北関東の村に流れ着く。言葉の通じない隠遁生活の中、薬や衣服や野菜を持ってきては黙って去る少年と、その台湾人の母と知り合う。また、餃子や麺作りの腕前を買われ、地元住民とも交流を深めていくが……。


「最初にSABU監督から渡された台本のタイトルは、『Mr.Long/ミスター・ロン』ではなく、「殺し屋と薬中女とその息子」(笑)。とにかくインパクトが大きく、情景がすぐ目に浮かぶタイトルに惹かれて出演を即決しました。殺し屋ロンは日本語がしゃべれない設定だから、台詞という道具を1つ奪われた状態で、彼の背負うものを表現するのは難しかったですね」


『グランド・マスター』(’13/ウォン・カーウァイ)で八極拳を習得して以来、出演オファーが来るものには必ずアクション要素が入るようになったという。今回も、終盤のナイフ一丁振るってのアクションシーンは見どころの1つでもある。

「最近、八極拳のための時間がなかなか取れなくて。でも、元来動くことが好きなので、アクションの現場がどう作られているのかにはとても興味があります。今回初めて、アクションを得意とするSABU監督と仕事できたのもいい経験でした。でも、もしもアクションが格好よく映っていたとしたら、それはすべて相手役の方々の力。向うが殴られ、切られたように見せ、見事に倒れてくれて、僕は何もしてないんですから(笑)」



台湾・高尾の闇の世界に生きてきた殺し屋

ミスター・ロンは、依頼を受けて東京・六本木へ



 10代の頃から自然体。アジアを代表するスターになった今でもさりげなく周りを気遣い、ここ一番でユーモアを発揮する一方で、謙虚な姿勢は変わらない。監督はもとより、スタッフや共演者からも彼が愛されるゆえんだ。持ち前の鋭い勘は経験によってさらに磨かれ、ゆっくりと選んで紡ぐ言葉は作品や役柄の魅力を静かに的確に伝える。


「SABU監督の描く人物は、一見、ヤクザ者とか、窮地に立たされた人だったりするけれど、その本質は真正面なことが多い。殺し屋のミスター・ロンにしても、もともとは普通の人で、何かの事情が重なって殺し屋になってしまった人だと思う。そして何より孤独な人だと。映画はアクション・ノワールのテイストもあるけれど、僕自身はブラック・コメディだと思っているんです。言葉は通じないけれど、ロンが黙ってラーメンを作ると村のおじさんが「うまい!」と喜び、それを聞いた別のおばさんから家に招かれ、気づいたらロンが屋台を引いて歩いている――。そんな風にコロコロと転がっていく村人との絡みのシーンが、演じていて一番面白かったですね」



SABU監督ならではの色彩の中、ミスター・ロンの孤独が震える




 40代になっても若々しく、はにかんだ表情は10代のころから変わらないが、プライベートでは2013年に結婚、2歳になる娘の父親にもなった。

「子どもの成長はとてつもなく早いので、なるべくそばで見ていたい。でも先輩の方々を見ていて、35歳から45歳にかけての10年間は男優にとっての充実期だと感じます。だから僕もこれからの4、5年は、自分の中にどんな演技の情熱があるのかを探りながら、次のステップを踏み出せるよう鍛錬し、ていねいに仕事をしていきたいと思っています」


 アジアを股にかけて活躍するチャン・チェンは、恩師エドワード・ヤンやホウ・シャオシェンらが切磋琢磨し、台湾ニューシネマを生み出したことにも触れ、「今は、同世代の映画人と連携して、台湾映画をもっと盛り上げたい気持ちもある」と語る。人間力豊富なチャン・チェンの次のステップにも期待が高まる。



台湾人の母子と日光詣で。つかの間、ささやかな喜びを感じるが……

PHOTOGRAPHS: ©2017 LIVEMAX FILM/HIGH BLOW CINEMA



『MR.LONG/ミスター・ロン』

新宿武蔵野館ほかにて公開中

公式サイト






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