アメリカで勉強し直したり、先輩バンドの一員としてライブハウスを回ったり、静かに活動を再開したのは2000年代半ば。音楽業界はCD不況のまっただ中にあった。2009年に11年ぶりのアルバム『楽興の時』、2010年に『Baroque』を発表するも、再び挫折感に襲われる。


「ジャズが多様化し、自分が一生懸命に勉強してきた音楽ではお客さんに満足してもらえなくなった。自分が大事にしている価値観をつまらないと言われるのでは、プロとして成立しない」。2012年に自身のサイトでプロとしての引退を宣言。「その頃、父が亡くなり、母の介護が始まりました。収入は途絶え、置いておくだけでもお金のかかるグランドピアノを維持できなくなった。介護離職に近いですね」。ピアノを震災復興のためのオークションで売り払い、1年近く鍵盤に触れさえしない時期もあった。



ひとたびピアノに向かうと、途切れることなく曲想が湧き出る



 再び音楽シーンに心を開いたひとつのきっかけは、ニューヨークでの修業時代から大西を知る日野皓正からの共演の誘いだった。日野&ラリー・カールトンのサポートメンバーとして、2015年の東京JAZZに出演。翌年、菊地成孔のプロデュースで発表したアルバム『Tea Times』は、モダンジャズを土台にテクノありラップあり変拍子あり、今という時代を見据えた一枚だった。「金銭的な綱渡りは続いていたけれど、ほかのアルバイトをするよりは、いっそしかるべきところに出てピアノを弾く方がいいと、見切り発車だったんですよね」


 そして昨年、2枚のアルバムを発表した。黒を基調にした『GLAMOROUS LIFE』も、真っ白な背景の『VERY SPECIAL』も、ジャケットにはどこか吹っ切れたような笑顔が輝く。


「とくにバラード集というのは、演奏家としての真価が問われますからね。自分なりのメロディーをピアノで歌うのは難しいなあとずっと思ってきたので、バラード集は長年の夢でした。サーカスみたいに早弾きする方が、ある意味ラクです。ライブならまだしも、お客さんが目の前にいないスタジオレコーディングでバラードならではの間(ま)を空けるには、必然性のある間でなければ。一音一音の密度や深さも求められる。でも50歳にもなったし、やっとくか、と。私の音楽を聴く人もいれば聴かない人もいるということを、いやというほどわかったうえで、やらせていただきました」



昨年11月に発表された2枚のアルバム。

オリジナル曲中心の『GLAMOROUS LIFE』とバラード集『VERY SPECIAL』

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