「人生には、時々寄り道が必要。それは日常に埋没しがちな自分を見直させ、心をやわらかく膨らませてくれる」――。

鑑賞後、そんな清々しい気分に浸れる映画が『ボンジュール、アン』だ。監督はエレノア・コッポラ。巨匠フランシス・フォード・コッポラの妻にして、ソフィア・コッポラの母。自身もドキュメンタリー監督として『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』でエミー賞を受賞するなど、輝かしい経歴を持つ。その彼女が、80歳にして初めて長編劇映画での監督デビューを果たした。



 主役のアンを演じるのはダイアン・レイン。ヒロインには、エレノア自身のエピソードが投影されているという。フランシス・フォード・コッポラを思わせるアンの夫、マイケルにはアレック・ボールドウィン。そして、アンを“寄り道”へと誘い、人生の途中で立ち止まらせるキーパーソンとなるジャックには、監督、脚本家としても活躍するフランス人俳優アルノー・ヴィアールが配されている。



心はパリへとはやるのに、美しい風景に魅入られ、立ち止まるアン。

アンのナチュラル・シックなファッションにも注目を。

衣装デザインはソフィア・コッポラ監督の『マリー・アントワネット』で

アカデミー賞®を受賞したミレーナ・カノネロが担当



 物語は夫の仕事で訪れたカンヌから始まる。夫は大きな成功を収め、娘も学校を卒業した。夫婦仲もよく、すべてにおいて満たされていたアン。だが、彼女には心に小さな葛藤があった。「さあ、これからの人生、どうするの?」――。そんな時、彼女は耳の不調から、飛行機で次の目的地に向かう夫と別行動をとることに。夫の友人ジャックが、夫と落ち合うパリまで彼女を車で送る役割をかって出るが、これが寄り道に次ぐ寄り道で、アンに“不測の事態”をもたらす。



(写真左から) アレック・ボールドウィン(マイケル)、

ダイアン・レイン(アン)、アルノー・ヴィアール(ジャック)。

エレノアは、ダイアンを「7歳から活躍している完璧なプロフェッショナル。

どこにでもいる女性を演じられる人を探していて、彼女ならぴったりだと思ったの」と絶賛



 だが、この“寄り道”がじつに素敵なのだ。映画は、コート・ダジュールやプロヴァンスの美しい景色で彩られ、ポン・デュ・ガール、サント・マドレーヌ大聖堂、リュミエール研究所などに加えて地元の有名レストランも登場、フランス好きならついつい見入ってしまうこと間違いなし。とはいえ、この映画の魅力は映像の美しさゆえだけではない。寄り道する先々での体験によって、心の扉が少しずつ開かれていくアンの姿に、観ている側も自然に共感を覚えるからに違いない。



川辺でピクニックをするアンとジャック。

次第に打ち解けるふたりに恋の予感も……。

でも、そんな微妙な感情さえ恋と言い切れないところが“大人の映画”



 ぜひチェックしてほしいのが、映画に登場するワインだ。エレノアは、カリフォルニア「フランシス・フォード・コッポラ ワイナリー」のオーナーファミリーの一員で、ワインについてよく知る人物。ワイングラスの撮り方が美しいのはもちろんだが、登場するワインは「さすが!」と思えるものばかり。


生ハムとメロンには「シャトー・ヌフ・デュ・パプ」。「コンドリュー」や「コート・ロティ」など、土地を物語る銘醸ワインも次々と登場する。中でもセレクトセンスが光るのが、「ディディエ・ダグノー キュヴェ シレックス」だ。醸造家のディディエ・ダグノーは芸術的センスに恵まれ、“ロワールの鬼才”と謳われつつも、突然の事故によってこの世を去った。彼は今も“カリスマ”として熱狂的ファンを持つが、もしかしたら、これは同じ芸術家の魂をもつエレノアからの彼へのオマージュであるのかもしれないと、はっとさせられる。



打ち合わせ中のエレノア・コッポラ(写真右)。

穏やかで深い知性を感じさせる女性だ。

映画には、ファブリックなど彼女自身の趣味も投影。

日本の着物にも興味があるという。

ジャック役のアルノー・ヴィアール(左手前)は今回が初の英語作品



 来日した際、「ワイン・メイキングはフィルム・メイキングと同じ」と語ってくれたエレノア。人々の人生を紡ぐ映画と、ブドウの生命力を表現するワイン。その共通項は、「愛をもって細やかに紡ぐこと」なのだと笑顔を見せる。小柄で、穏やかな風情の彼女からは、経験に裏付けられた知性と80歳とは思えない若々しさが伝わってきた。


 『ボンジュール、アン』は、いわば“大人の青春ロードムービー”だ。人生には、まだまだ素敵なことが待っている――。大人の女性に、そう教えてくれる。




『ボンジュール、アン』

7月7日(金)よりTOHO シネマズ シャンテほか全国ロードショー

公式サイト






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