「俳優業を大変だと思ったことはない。もちろん、ときには肉体的にしんどいこともある。でもつらい役柄を演じるからといって、自分もつらい気持ちにならなければいけないわけではない。毎回異なる体験ができて、世界のいろいろな場所を訪れることができるのは、とても恵まれたことだ。不満なんてまったくないよ」


 ランチ・タイムにはまだ早い、静かなホテルのテラスでコーヒーを片手に、51歳になったヴァンサン・カッセルはトレードマークの早口で情熱的にこう語る。28歳のとき、郊外の不良少年に扮した『憎しみ』('95)で同世代から圧倒的な支持を得て以来、大胆な役選びでつねにフランス映画界を牽引。そのかたわら、『ブラック・スワン』『ジェイソン・ボーン』など、ハリウッド映画でも独自の存在感を刻むカリスマ的な俳優だ。元妻のモニカ・ベルッチはかつて彼のことを「アニマルのよう」と評したことがあるが、なるほど、彼には決して飼いならされることのない野生が感じられる。



『ブラック・スワン』('10)で主人公ニナを翻弄する芸術監督を、

『美女と野獣』('14)では野獣を演じるなど、芸術性の高い作品から

ハリウッドのメジャー作品まで多彩な役柄を演じるヴァンサン・カッセル

© dr, PHOTOGRAPH BY TAKESHI MIYAMOTO




 新作『ゴーギャン タヒチ、楽園への旅』では、ポスト印象派の画家として西洋絵画史に偉大な足跡を残したポール・ゴーギャンに扮した。映画はゴーギャンが記したタヒチ紀行『ノア・ノア』を元に、保守的なフランスの美術界に嫌気がさし、自身の芸術の探求のため家族を捨てて単身タヒチに渡ったゴーギャンの旅路を描く。貧困にさいなまれながらも、何かに取り憑かれたようにキャンバスに向かうゴーギャンを演じるために、カッセルは6キロ以上の減量を達成し、絵画を描くことを学び、ゴーギャンの作品を研究した。彼のインスタグラムでは、プロ級の腕前であるその絵を目にすることができる。



株式仲買人から画家に転身するも絵が売れず、

妻と5人の子供を抱えて困窮するゴーギャンは、

かねて夢見ていた太平洋の島への移住を決意する。

© MOVE MOVIE - STUDIOCANAL - NJJ ENTERTAINMENT



「監督のエドゥアルド・デルックと一緒に美術館をまわり、専門家の講義を聞いて、いかにゴーギャンの技法が独創的だったかを学んだ。もちろん絵も習ったし、減量もした。大好きなワインを絶ってね(笑)。でも本当にインスピレーションを受けたのは、タヒチの島そのものだった。タヒチに行くのは初めてだったから、その自然に圧倒されたよ。まるでそこに身を置くだけで、ゴーギャンの心情が理解できるようだった」


 カッセルがゴーギャンに惹き付けられた理由、それは、この画家のプリミティブなものへの憧れにあった。

「ゴーギャンは文明の手あかのついていない野生への憧れ、異国の地への憧憬を持っていた。幼少期をペルーで過ごし、十代で水夫の見習いとして世界を旅した彼には、早くからそういう気持ちが根付いていたんだと思う。僕自身にもそれはある。ある時点でフランスからちょっと離れたいと思ったし、僕の場合、それはタヒチでもハリウッドでもなくブラジルだった。自分にインスピレーションを与えてくれる場所や、新天地が象徴する自由に惹かれる強い気持ちには、とても共感できるよ」


 もっとも、家族を捨ててまで自身の芸術を探求するゴーギャンの姿は、はたからみれば無責任でエゴイスティックでもある。

「彼にはそれ以外の生き方ができなかったのだと思う。ゴーギャンは自分の才能に絶対の自信があり、タヒチに行くことは彼にとってミッションだった。たとえ行かなかったとしても、家族を幸せにできたかどうかはわからない。タヒチで出会った彼の“原始の女神”テフラにしても、結局は失ってしまう。まあ実際にはほかにもミューズがいたという説もあるけれど、いずれにしろ彼はどこかで、女たちを幸せにしてやれない、彼女たちが望むものを自分は与えてやれないということは自覚していたと思う。そうしてすべてを犠牲にし、自らも燃え尽きて孤独に死んだ。ひどい人間であると同時に、並外れた人物でもあった」



タヒチの首都、パペエテからさらに奥地へ分け入ったゴーギャンは、

そこで運命の少女テハアマナ(テフラ)と出会い結ばれる。

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 アーティストとして共感するところがあるか問うと、こう応えた。

「いや、僕は俳優をアーティストだとは思っていない。彼のように絶対的な自信もないしね(笑)。僕がゴーギャンにもっとも心打たれるところ、それは彼の自分を信じる強さだ。生きているうちは評価されなかったにもかかわらず、他人の意見を無視して我が道を行った。それは驚くべきことだ。完璧に自己中心的だけど、恐るべき強さでもある。

 俳優の仕事は共同作業だし、もっと機械的な面がある。アーティスティックな瞬間もあるけれど、つねにそうだとは思わない。どこに着地するのかわかっているとき、それをアーティスティックとは言えないだろう?」


 インタビューの日は、ちょうどパリで大気汚染が話題になっていた。フランスでもエコロジーが重要な問題として論じられているなか、タヒチで二ヶ月の撮影期間を過ごした影響を彼に尋ねてみた。

「タヒチでは自然がとても保護されている一方で、西洋人によって破壊された場所もそのまま残っている。あんな美しいところでフランスが核実験をやったなんて、信じがたいよ。タヒチの人がフランス人にもっと怒りを抱かないのが不思議なぐらいだ。僕は宗教的な人間ではないけれど、生きとし生けるものをリスペクトする。それが僕にとってはスピリチュアルということなんだ」


 弾丸トークの時間はあっという間に過ぎ、彼は3日後から撮影に入る新作の準備のために去って行った。彼の残した熱い空気が、いまだテラスに漂っていた。



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『ゴーギャン タヒチ、楽園への旅』

1月27日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか 全国順次ロードショー

公式サイト






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