トム・ハンクスが短編小説集『Uncommon Type』を上梓。私小説のような作品の逸話から、ハリウッド、ひいてはアメリカでいま起こっている問題についてまで、胸の内を語った

BY MAUREEN DOWD, PHOTOGRAPHS BY JAKE MICHAELS, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

 2006年、自ら書いた小説をどこかの媒体で発表したいと思っていたトム・ハンクスは、友人であり、かつて自身が出演した作品の監督でもあるノーラ・エフロンにその原稿を送った。

 筆者もエフロンに文章を批評してもらったことがあり、それがいかに厳しいことかはよく知っている。「いやもう本当に、体が石になるような恐ろしい経験だったよ」と言って、ハンクスは顔をしかめた。

画像: トム・ハンクス 2017年10月上旬、カリフォルニア州サンタモニカにある自身の事務所にて

トム・ハンクス
2017年10月上旬、カリフォルニア州サンタモニカにある自身の事務所にて

 その物語は、当時75歳で引退を発表したばかりのメイクアップ・アーティスト、ダニエル・C・ストリーピークへの甘い讃歌だった。ストリーピークは、50年にわたってハリウッドで活躍したベテランだ。初期の仕事では、『ラスベガス万才』('64年)でエルビス・プレスリーに日焼けメイクを施したり、『スパルタカス』(’60年)でローレンス・オリヴィエの鼻をローマ人風に仕立てたことで知られる。引退前には、トム・ハンクスを警察官や宇宙飛行士、アメリカ陸軍の特殊部隊アーミー・レンジャー、FBI捜査官、宇宙の支配者、空港で足止めされたスラブ人の旅行者、サンタ・クロース、ハーバード大学の宗教象徴学者などに変身させた。

 ハンクスは、エフロンにその原稿をメールで送り(エフロンが監督した映画『ユー・ガット・メール』で、ハンクスは主演を務めている)、「これって、どこかに投稿する価値はあるかな?」と聞いてみた。

「彼女は『ええ、なかなかいいと思う』と言ったんだ。『ニューヨーク・タイムズに送ってみたら。私からもいくつか電話を入れておくから。サンデー・スタイルズのコーナーには向いていないけど、(少しテイストの軽い)サーズデイ・スタイルズならいいかも』ってね」。その後、何度も書き直し、「これはどういう意味?」「これはダメね」「息づかいの伝わる文体を大切にして」「読者には、まずこれから何を述べるかを伝え、次に実際にその内容を伝え、さらに今何を伝えたかをもう一度伝えること」といったノーラ流の情け容赦のない指導を経て、ようやくその小説はサーズデイ・スタイルズの紙面に掲載された。

 この時、ハンクスにあることを打ち明けるべきかどうか、私はためらっていた。彼はその後10年をかけて、俳優や監督やプロデューサーとしての多くの仕事をこなしながら文章の技術を磨いてきた。そして歴史学者のダグラス・ブリンクリーいわく「アメリカ史の最も有名な教授」であるにもかかわらず、忙しいスケジュールの中で『Uncommon Type』という短編小説集を書き上げ、出版する時間をとってきた。それなのに、今回の取材記事もやっぱりサーズデイ・スタイルズに掲載される予定であることを。

 それだけではない。先日、Times紙に掲載されたハーヴェイ・ワインスタインについての爆弾報道の第一弾(※訳注:2017年、映画配給会社ミラマックスの創設者であるワインスタインが、長年にわたって女優などにセクシュアル・ハラスメントを行ってきたことが報道された)と、この煽情的な話題に対して罪深い沈黙を守っているハリウッドについて、私はこれからハンクスにインタビューしなければならないのだ。ミスター・ナイスは、ミスター・スリージー(下衆野郎)について何を語るのか――?

 とはいえ、いま彼は『Uncommon Type』刊行のプロモーション中だ。まずは彼のフィクションについての考え方を探る必要があるだろう。「チェーホフを意識しましたか?」と聞いてみると、「そうだな、チェーホフは昔から理解できたためしがないね」と彼は答えた。じつは私自身、本当のところは自分の質問の意味がよくわからなかったのだが、読書家の友人にこう聞いてみるよう勧められたのだ。

 ハンクスを紹介するいろんな記事を読むと、メグ・ライアンやサリー・フィールド(『フォレスト・ガンプ/一期一会』('94年)のママ・ガンプ役)など、彼の共演者たちは一様に、ハンクスはまともでごく普通の人らしい外見とは裏腹に、私たちが想像する以上に暗く、複雑で、怒りを秘めてさえいるようだと口にしている。ただ彼はそれを表に出さないだけなのだと。

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