100年の歴史を誇るメゾン「バレンシアガ」のアーカイブは、コンクリートが打ち放しの、パリの倉庫に収蔵されている。ここに並ぶのは、ウ
ィンザー公爵夫人、ウォリス・シンプソンが所有していた、レース地にシェニール刺しゅう(毛羽立てた糸を使った刺しゅう)を施したタバコブラウン色のコートをはじめ、彫刻のようなシルクのイブニングドレス、コクーンシルエットのコートなど、合わせて6,000点の服だ。


これらはキャラコ(平織コットン)の衣装バッグに収納されているが、特に傷みやすいアイテムは、ほこりや虫をよける中性紙に包まれ、業界用語で“棺ひつぎ”と呼ばれる段ボール箱に“安置”されている。以前ジョルジュサンク大通りにあったバレンシアガのオートクチュールメゾンは、ファッションを芸術として崇める礼拝堂のようだったが、過去のデザインを一堂に集めたこの広大な空間は、まるで地下聖堂か、神殿のような佇まいである。



バレンシアガのアーカイブでは、

創設者クリストバル・バレンシアガの作品は白いキャラコの衣装バッグに入っている。

一方、ニコラ・ジェスキエール、アレキサンダー・ワン、デムナ・ヴァザリアなど、

21世紀の後継者たちの作品は黒い衣装バッグにしまわれている。
これで両者の違いは一目瞭然だ。

ヴァザリアによる2017-’18年秋冬コレクションのドレス(右)に使われたフラワープリント柄は、

1964年のオートクチュール・コレクションに由来するもの。

そのオリジナルである、フリルつきショールとシースドレス(左)もアーカイブの収蔵品である


(右)ドレス(参考商品)/バレンシアガ ジャパン(バレンシアガ)

TEL. 0570-000-601
PRODUCTION: BIRD PRODUCTION. PHOTO ASSISTANT: WILLIAM MARSDEN



 このアーカイブを訪れたのは、今年の春のこと。ちょうど、バレンシアガの現アーティスティック・ディレクター、デムナ・ヴァザリアが初めて手がけた2016ー’17年秋冬コレクションが届いたところだった。アーカイブ部門の責任者、ガスパール・ド・マッセが率いるチームは、白い手袋をはめて(皮膚の酸性物質による布の損傷を防ぐため)届いた服を広げる作業をしていた。つい最近まで店頭のラックに並んでいた現代の服も、1917年にメゾンを創設したクリストバル・バレンシアガ自身による一点もののクチュールドレスも、ここでは同じように丁重に扱われる。


ごく普通の現代服もこの空間に入った途端、貴重な所蔵品に生まれ変わるのだ。彼らは、スカート部分が奇妙にカーブしたドレスなど、特殊な服のフォルムの保ち方について話し合っていた。うまく保管しなければ、ゆがんで、よじれてしまう可能性があるので、このドレスはウエストから裾まで糸でつないで固定されることになった。一方、平らな状態で保存できる服は“棺”にしまう。たとえば、スイスのテキスタイルメーカー「ヤコブ・シュレイファー」によるスパンコール生地が特徴の、シルバーのストラップレス・イブニングドレスは、幾重もの薄紙に包まれて棺に納められていた。ドレスと同素材のブーツは、現代アクセサリー専用の一室で保管される。アーカイブ・チームはこんなふうに、シーシュポスの岩(※注:神にそむいたシーシュポスがその罰として、巨大な岩を山頂に押し上げては、またそこから転落した岩を運ぶという苦行を永遠に強いられた。ギリシャ神話より。)のような徒労を繰り返しながら、バレンシアガの過去、現在、そして未来の服を保存していく。まるで、年月がもたらす劣化にあらがうように。


 パリは、おそらく現代より、過去や歴史を崇める街だ。最も長い歴史を誇る、大規模なファッション帝国の拠点でもある。一般的にアーカイブといえば、どこの国でもバレンシアガのようにメゾン自体が管理するが、パリを拠点にするメゾンのアーカイブは特別に神聖視されているようだ。たとえば、ガリエラ宮(パリ市モード博物館)にアーカイブを寄託したランバンのように、一部のメゾンの資料は博物館に収蔵されている。またモンテーニュ通りの端には、クリスチャンディオールの文化遺産を保管するアーカイブがあり、温度調整されたショーケースには、1947年にディオールのデビューショーを飾ったドレスがいくつか陳列されている。


 目新しさと絶え間ない変化を渇望し、それを糧としてきたモード界が、過去のファッションにこれほど熱狂的にのめり込む様子にはどこか違和感がある。だが、ひんやりと薄暗いアーカイブの白いカバーや“棺”の中には、その埋葬所のような雰囲気とはまったく違うものが隠されている。アーカイブはいま宗教のように崇められているが、過去のデザインはメゾンにとって“遺物”ではなく、未来のクリエーションの基盤なのだ。



この撮影を行なったパリ市モード博物館のガリエラ宮では、ランバンのアーカイブをはじめ、

6 万点以上の服と小物を保管。18℃に保たれた保管室はひんやりとしている。

(写真左)1939年にジャンヌ・ランバンがデザインしたドレス。

(写真右)元アーティスティック・ディレクター、ブシュラ・ジャラールによる、
ランバンの2017年プレフォール・コレクションのアンサンブル。

1939年のドレスと同じ"ボワ・ジョリ"柄を使用

コート ¥345,000、スカート¥143,000

ランバン ジャパン(ランバン)TEL. 03(4500)6172



 つまり今、アーカイブが新しいファッションの導き手となっている。ヘリテージブランドがもつ歴史は、商品の価値と市場性を高めるファク
ターであり、金銭では得られない文化資産なのだ。少し前にパリで行われた2017ー’18年秋冬のショーでは、各ブランドがそれぞれ独自のシルエットとイメージや特性を強調していたのが印象に残った。アンソニー・ヴァカレロのサンローランでは、1992年のイヴ・サンローランのオートクチュール・コレクションに由来する、胸の部分にだけ透け感のあるゴーズ(薄い平織布)をはめ込んだベルベットドレスが披露された。ジュリアン・ドッセーナによるパコ・ラバンヌでは、1967年のスタイルをそのまま再現したような、メタルメッシュや、パーツ同士をリングでつないだデザインが登場し、今もなおフューチャリスティックなのであった。


ディオールのマリア・グラツィア・キウリは、クリスチャン・ディオールが好んだネイビーブルーと、メゾンのシグネチャーアイテムで、曲線が美しい「バー」ジャケット(1947年の発表以来、こう呼ばれている)の多彩なバリエーションを発表した。そんななか、過去を最も鮮明によみがえらせたのは、デムナ・ヴァザリアによるバレンシアガのレディス・コレクションだった。彼は“今らしさ”を切り捨て、バレンシアガの30~40年代のデザインをそのまま再現した9つのドレスをショーのラストに披露した。まるで亡霊を生き返らせたかのように。


 着目したいのは、こうしたデザイナーたちが、別のデザイナーの名がついたヘリテージブランドのために服作りをしているということ。消費者がヘリテージブランドの製品を購入し、ラグジュアリー・コングロマリット(複合企業)がこれらのブランドを買収するのは、その歴史に価値を見いだすからだ。すでに名声を博しているヘリテージブランドには、わざわざ価値をアピールする必要もない。モード界では、知名度がものを言う。消費者は、新進気鋭だが知名度の低いデザイナーの服より、聞き慣れたブランドの服にお金をつぎ込むものだ。同様にコングロマリットは、新生ブランドを後押しするより、“誰もがよく知っている”既存ブランドを買収する。広く知れ渡ったブランド名のもとで、新進デザイナーに活躍のチャンスを与えるのだ。




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