映画「ラストサムライ」のロケ地、石岳展望所より九十九島の全景をのぞむ



 空が気持ちよく晴れ渡ったある日、長崎県の九十九島にあるTASAKIの真珠養殖場を訪れた。ここは以前、TASAKIのクリエイティブ・ディレクターであるプラバル グルン氏にインタビューした際、彼が「素晴らしい体験だった」と語るのを聞いて以来、いつか訪ねてみたいと思っていた場所。映画「ラスト サムライ」のロケ地としても知られる九十九島は、西海国立公園に指定された海域にあり、200余りの小島がおだやかな内海に点在する風光明媚な地だ。


 あまり知られていないが、この一帯と真珠の関わりは古く、付近の縄文時代の貝塚から、日本で最古のあこや貝が出土している。縄文時代の始めごろ、黒潮に乗って南から流れついたあこや貝が、波が静かで水温の変化が少ない内海に生息するようになり、九州の南岸は、徐々に天然真珠の産地として知られるようになった。江戸時代には一帯を治める大村藩が、あこや貝採取を独占事業にしていたとの記録も残る。目的の養殖場は、このように昔から、真珠の母貝となるあこや貝の生育に適した環境にあった。



沖合の海中から、養殖用ネットを引き上げた瞬間



あこや貝の中から出てきたばかりの真珠は、みずみずしい光を放っている



 真珠養殖は、20世紀初頭に日本が世界を驚かせた発明だ。その当時、価格が暴騰していた天然真珠にかわって、品質面で遜色のない養殖真珠が登場したおかげで、世界中の女性たちが真珠のおしゃれを存分に楽しめるようになったのだ。TASAKIは第二次世界大戦後に、創業者が真珠を扱ったことからスタートした会社。現在も「川上(素材)から川下(販売)まで」をモットーに、国内では九十九島と三重県の伊勢志摩であこや真珠を、さらにミャンマーでは南洋真珠を養殖している。自社で養殖から手掛けるのは、ジュエリー制作の効率化や分業化が進んだ今日では、きわめて稀なこと。逆に考えると、TASAKIがめざす真珠のクオリティは、自社の養殖場でなくては実現できない、ということなのだろうか。



核入れの終わったあこや貝の養生施設。

海中に貝の入った容器が並ぶ



 海と島々がおりなす景色に見とれているうちに、私たち取材一行が乗ったボートは養殖施設の桟橋についた。桟橋に置き去りにされた古いロープからデザインのインスピレーションを得た、というグルン氏の話を思い出し、「もしかしてこのあたりかしら?」とワクワクする気持ちがこみ上げてくる。案内役のスタッフの方に導かれ、作業の手順に従って、施設を見学させていただく。以前にテレビで見た養殖場の映像から、私はもっと雑然とした雰囲気を想像していた。しかしここはきれいに整理整頓され、予想をはるかにこえて清潔だ。施設内の建物は用途ごとに、浜から海にかけて分散しているため、移動はボードウォークをひたすら歩く。