≪雄羊の頭、白いタチアオイの丘 

(雄羊の頭と白いタチアオイ、 ニューメキシコ)≫

ジョージア・オキーフ、1935年

GEORGIA O’KEEFFE, ‘‘RAM’S HEAD, WHITE HOLLYHOCK-HILLS

(RAM’S HEAD AND WHITE HOLLYHOCK, NEW MEXICO),’’1935.

OIL ON CANVAS, BROOKLYN MUSEUM, 

BEQUEST OF EDITH AND MILTON LOWENTHAL,

© 2018 GEORGIA O’KEEFFE MUSEUM/ARS, NY



 数年おきに、頻繁というほどではないにせよ一定の周期で規則正しく、アメリカ南西部のスタイルはファッション界に戻ってくる。そのスタイルはネイティブ・アメリカン、スペイン、アングロ・サクソンの影響から成り立っており(スペイン人開拓者がアメリカ南西部にやってきたのは16世紀のこと。白人のカウボーイや農民がやってきたのはその3世紀後だ)、ざっと以下のようなものがミックスされている。カウボーイブーツにループタイ、ボレロハット、コンチョのついたベルト、ウェスタンシャツ、シルバーとターコイズのジュエリー、ナバホ族のプリント模様、スエードのモカシンシューズ、そしていたるところに使われたフリンジとレザー。かっこよさとダサさ、シックとやりすぎの境界は、まさに紙一重といったところだ。


 流行を繰り返すこのスタイルの起源をたどれば、20世紀初頭のニューメキシコ州タオスに行き着く。アーティストたちの聖地であった当時のタオスは、多くのエキセントリックで自立した女性たちを惹きつけていた。彼女たちが、このエリア独特の服装を一般に広めていった。その中のひとりがメイベル・ドッジ・ルーハン。英国社交界でアーティストたちのパトロンとして名を馳せた、レディ・オットライン・モレルの南西部版ともいうべき人物だ。彼女はタオスのプエブロ出身である夫とともにレンガ造りの家に住み、小説家のD・H・ローレンスやオルダス・ハクスリー、画家のジョージア・オキーフといったゲストたちをもてなした。


もう一人はスタンダード・オイル社の相続人ミリセント・ロジャース。写真家のルイーズ・ダール=ウォルフが1949年に撮影した彼女の写真がある。ネイティブ・アメリカンの権利の擁護者であり、ネイティブ・アメリカン・アートとジュエリーの収集家でもあった彼女は、腕いっぱいにシルバーブレスレットをつけ、レイのように細いターコイズのネックレスを首にかけ、よく「ほうきのような」と表現される、細かく縮れたプリーツの入ったロングスカートをはいている。スカートは、おそらくマーサ・リードのデザインしたものだろう。


彼女のブランド「マーサ オブ タオス」とそのショップは、伝統的なナバホ族の衣装を欧米のファッションの主流に組み込むこと――というか、欧米化すること――に貢献した。南西部スタイルが地域を超えて広がったのは第二次世界大戦後、アメリカ人が荒野を越えて旅するようになり、土地の土産物を家に持ち帰るようになってからだ。だが、このスタイルのヒッピーでアウトローな精神を広めた最大の功労者はデニス・ホッパーだろう。1970年にタオスに移り住み、その3年後にドッジ・ルーハン家の所有する地所を買った彼は、監督・脚本・主演を務めた『イージー・ライダー』(’69年)ではフリンジのついたレザージャケットを『The American Dreamer(原題)』(’71年)ではチマヨ柄のベストを着ていた。


 今再び流行中の南西部スタイルは、ラルフ ローレンのような、米国出身でウェスタンスタイルをよく採り入れることでおなじみのデザイナーではなく、ヨーロッパのデザイナーによって新たにイメージ化されている。セリーヌ、グッチ、クロエ、ルイ・ヴィトンといったブランドだ。トッズは、2018年春夏コレクションのランウェイで、カウ柄プリント、サンドベージュのウェア、白いレザーのモカシンブーティなどを発表。ヴェルサーチでは、南西部らしい要素がヨーロッパ風のきらびやかな装飾で飾り立てられていた。ゴールドバックルつきのベルトや、ゴールドでトリミングされたレザー、金線細工で縁取られたウェスタンスタイルの黒いパンツスーツなど。全体のムードとしては、「高級リゾート地のコロラド州アスペンにいるバツイチ女とカウガールとの出会い」とでもいった感じだ。デザインの世界でも、南西部風スタイルが再び人気を博している。1986年にリッツォーリ社より刊行されたベストセラーの大型ビジュアル本『サンタフェ・スタイル』以来、南西部風のインテリアはいたるところで見られるものになった。


 しかし、なぜ今また人気が復活したのか? ひとつには、南西部のインテリアに特有の、光沢あるタイル張りの床やフリンジや、ペンドルトンのブランケットが非常にインスタグラム映えするからだ。また、科学技術に頼りすぎ、環境に身を任せられないこの時代に、デザイナーたちがむしろ土臭く自然なままのものに惹きつけられるということもあるだろう。そしてもちろん、昔からヨーロッパはアメリカ西部の伝承に魅了されてきた(60年代半ばにイタリアで作られた古風な西部劇、いわゆるマカロニ・ウェスタンを見よ)。そして最終的には、アメリカ先住民と開拓者の両方にとって古きよきアメリカを彷彿させる服装がもしあるとしたら、こういった南西部スタイルをおいてほかにないからだ。ジョージア・オキーフは、ニューメキシコ州アビキューのアトリエで絵を描くときにいつもはいていたデニムパンツについて、こんなふうに語っている。「私はむしろ、ジーンズこそがわれわれの唯一の国民服なのだと思うわ」






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