ティス、彼の研究室で
 その他の化合物は、色や食感、新鮮さや口あたりを提供する。ゼリー状の寒天は固くて簡単に分けやすい。カッパカラギナンは弾力がある。ティ スのNbN料理のどれもが、食物の内部の構成要素を使い、化合物と化合物を掛け合わせて作られたもので、元の食物の栄養素をすべて保ったままだ。2~3種類の化合物を慎重に混ぜたり掛け合わせたり、化合物を安価な〝本物の〞食品を引き立てるのに使ったりすれば―ほら、多くの人々に栄養満点な食事をおなかいっぱい、しかもごく安く提供する道が見えてくる。「20年後には、これが食品の形になることを願っているんだ」とティスは言う。彼の両親は産婦人科医と精神分析医で、彼らはティスが6歳のときに、最初の化学実験セットを与えたという。
エルヴェ・ティスは、どこへ行くにも30種類の化合物が入った鞄を持ち歩く。
 現段階では、秘密めいたNbN 貯蔵庫の中の材料のほとんどは、化学物質の販売会社のウェブサイトで見つけることができる。それらは世界中の企業によって製造されているものだ。だがティスは、将来的には食料品店で桃の香りがする酢酸ヘキシルや、きゅうりの匂いのするトランス,シス-2,6-ノナジエン-1-オールを売るようになると想像している。バニラエッセンスの小瓶やオレガノのオイルが、ほとんどの家庭に置いてあるのと同じような感覚で。「私のキッチンには100種類のスパイスが置いてあるよ」とティス。「それなら、同じ数の化合物があってもおかしくないだろう?」(NbN調理法が誕生したのは、ティスが、安いウィスキーにバニリンを数滴加えるだけで高級ウィスキーのような味になるのを発見したときだ。バニリンはバニラ豆が放つ独特の香りの素となる主要な化合物である)。「技術的には、NbN化合物を使うのは難しいことではないんだ」とティスは言う。「すごく簡単で、値段もとても安い」。もしNbNの考え方にすんなりなじめないとしても、私たちはすでにNbNの実用例をよく知っているかもしれない、と彼は言う。たとえばショ糖とリン酸とカラメル色素をある特定の割合で混ぜると、コーラとして知られている飲み物になるとか。