美味を訪ねて日々、東奔西走するタベアルキスト、マッキー牧元がいま注目するのは「東京の東」である。信頼の老舗に加えて、新店も続々。流行と一線を画す “己の味”を磨く職人たちが、今宵も腕を鳴らして待っている

BY MACKEY MAKIMOTO, PHOTOGRAPHS BY MASAHIRO GODA

画像: 江戸時代は酒屋を営み、大正時代に酒場「シンスケ」へと変わった。「昔の献立や定番の肴も、現代の調理科学で仕立て直せば再発見があります」と若ご主人の矢部直治さん(左)

江戸時代は酒屋を営み、大正時代に酒場「シンスケ」へと変わった。「昔の献立や定番の肴も、現代の調理科学で仕立て直せば再発見があります」と若ご主人の矢部直治さん(左)

 おいしいものが食べたい。そう思い立つと、さまざまなレストランが頭に浮かんで、胃袋が鳴り始める。

 さあどこに行こうか。うれしい悩みである。西東京には、星付きの店や予約至難の人気店が多い。だが最近、足を向けるのは東東京の店である。人間味にあふれた店が多いという点もある。永く店を愛す常連客が多く、客同士が一体となって店の情緒を盛り上げる、その雰囲気がたまらない、ということもある。

 しかしそれよりも惹かれるのは、西東京にはない料理の個性である。それも、他店にはないような、最先端で個性的な料理を作ろうという志向ではない。お客の目線に立った哲学や徳性から生まれた料理たちが、個性となって輝いているのだ。だからこそ、食べると自然に心が温まっていく。

 大正14年に創業して以来、数々の名士や酒徒から愛されてきた、東京を代表する居酒屋「シンスケ」もまた、そんな料理を出す店である。
 ヒノキの一枚板が伸びたカウンターに座る。途端に、背すじが正され、心が清らかになっていく。よい酒亭には必ず、そんな凜とした空気が漂っている。薄張りのグラスに注がれたビールで喉を潤す。その後は特製の木桶でやわらかく冷やされた日本酒か。

 今の季節なら、「青茄子の山椒肉みそかけ」がいい。キメの細かい青茄子の甘みに、山椒をきかせた肉味噌がからんで、酒を呼ぶ。食べ進めば、肉味噌に混ぜられたなすの存在に気づき、その出会いにうれしくなって、また酒を飲む。酒亭の定番「ぬた」は、ぬた味噌(酢味噌)が重くなく、甘すぎず、マグロの酸味やわけぎの香りとやさしく抱き合っている。そこへ響く辛子の刺激が、また酒を恋しくさせるのだな。

画像: 酢味噌を軽やかに仕上げた「メジマグロのぬた」¥1,250

酢味噌を軽やかに仕上げた「メジマグロのぬた」¥1,250

画像: なすをなすで和えた「青茄子の山椒肉みそかけ」¥800

なすをなすで和えた「青茄子の山椒肉みそかけ」¥800

 このあたりでぬる燗に替えて、「かつをの生利煮」といってみよう。しっとりとした食感のなまり節は、かつお節でマリネされ、カツオにカツオといううま味の相乗が気分を盛り上げる。

「シンスケ」の素晴らしきところは、昔ながらの料理を時代に合わせて、少しずつ変化させていることにある。たとえば今回の、なすになす、カツオにかつお節といったとも和えの発想や、ぬた味噌に空気を含ませて軽くするといった改良が、いっそうわれわれの舌を魅了するのである。そこには、「外食はハレの場ですが、酒場は毎日通ってもいいケに近い空間。だからごちそうすぎず、食べ飽きない肴を心がけています」という四代目の考えが貫かれている。

画像: 「かつをの生利煮」¥800は、ヅケにしたカツオをごま油、かつお節、玉ねぎでマリネにし、低温で真空調理した一品

「かつをの生利煮」¥800は、ヅケにしたカツオをごま油、かつお節、玉ねぎでマリネにし、低温で真空調理した一品

シンスケ
住所:東京都文京区湯島3-31-5
電話:03(3832)0469
営業時間:17:00~21:30(LO 21:00)、~20:30(土曜・LO 20:00) 
定休日:日曜・祝日

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