マッシモ・ボットゥーラ


PHOTOGRAPH BY BEA DE GIACOMO

彼の代表作「おっと! レモンタルト落としちゃった」。その名前がすべてを物語っている。ありきたりのタルトがカウンターに落ちてばらばらになったとき、それはボットゥーラにとっては理想のタルトになった。 PHOTOGRAPH BY BEA DE GIACOMO
 マッシモ・ボットゥーラのレストラン「オステリア・フランチェスカーナ」。イタリアのモデナにあるこの店に入って最初に目につくのは、現代美術家ヨーゼフ・ボイスの自画像だ。ボイスはまるで映画『明日に向って撃て!』のサンダンス・キッドのようなポーズをとり、絵の下には「われらこそが革命である」とイタリア語で書かれている。
 ボットゥーラ自身も、何年も前から料理界の革命児として活躍を続けている。だが彼の革命は、必ずしも大きく燃え広がるたぐいのものではない。「エル・ブジ」のフェラン・アドリアや「ノーマ」のレネ・レゼピのようなシェフには見習ったりまねしたりする者がごまんといるが、ボットゥーラの仕事は、他人にはまねできない、彼特有のプライベートなものだからだ。確かに彼が創作する料理はイタリアの家族と歴史、記憶、芸術などをテーマとしているが、多彩な要素から取捨選択してできあがる盛りつけや味の組み合わせは、最終的には彼自身の頭の中からふつふつと湧き出るものを映し出している。
モデナにある三ツ星レストラン「オステリア・フランチェスカーナ」の横の小道で、部下のシェフたちとポーズをとるボットゥーラ。このレストランは最近、「世界のベストレストラン50」のリストの首位に立った。 PHOTOGRAPH BY BEA DE GIACOMO
 ボットゥーラに会った瞬間から――白いシェフコートに身を包み、あごひげと眼鏡をつけて、火花を飛び散らしているような人物だった――何もかもが一気に動き始めた。プレリュードもなければ挨拶がわりの軽いおしゃべりもなく、いきなりメインの肉料理のような話題に切り込む。何の前置きもなく突然、ボットゥーラは「未来の料理人は、非常に重大 な責任を担っている」と、情熱と喜びにあふれた様子で語り始めた。「現代のシェフが体現しなければならないのは、料理のレパートリーなんかをはるかに超えたものなんだ」。
 そのうちに私はランチをすすめられた――彼の看板料理を揃えた〝ボットゥーラのベスト盤〞のようなメニューに最近のヒット曲をいくつか。それにシェフ自ら詳細なナレーションを添える。キャビアの缶にびっしり詰められているのはレンズ豆だ。舌平目は、海水から作られた食べられる銀白色の紙に包まれている。そして彼の代表的料理のひとつ「ラザ ニアのカリカリした部分」は、チップスにディップをつけて食べる料理を究極に洗練させた進化形だ。
 ボットゥーラの頭脳は、迷える美しい蝶をつかまえようとあちこち振り回されている虫取り網のようだ。インスピレーションの源はあちこちに舞っている。「おっと! レモンタルト落としちゃった」と命名されたデザートも、数年前、ふとした瞬間に生まれたものだ。ボットゥーラの右腕として厨房で活躍する紺藤敬彦が、あるときスウィーツをペストリーカウンターに落としてしまった。それを見たボットゥーラは、これぞレモンタルトのあるべき姿だと確信したという。また「ポー川を上るうなぎ」と題された一品は、どうやらイタリアの歴史に残る奇妙な紛争と、ボブ・ディランとジョニー・キャッシュのデュエット曲『北国の少女(原題:Girl From the North Country)』のぶつかり合いを表現しているらしい。ランチのしめくくりは「カムフラージュ」というデザートだ。つねに熱を帯びているボットゥーラの 頭脳からこの作品が生まれた最初の芽は、彼がかつて本で読んだパブロ・ピカソとガートルード・スタインの会話だ。デザートはチョコレートやスパイス、フォアグラ、赤ワイン、野ウサギの血などがパウダーやクリームの層をなし、その名のとおり皿の上に迷彩柄を描いている。