今年1月に開業した中国・上海郊外のリゾート「アマンヤンユン」。ダムに沈む悠久の森を周辺の古民家もろとも移し替えるという一大事業を成功させた実業家マー・ダードン氏が、オープンまでの経緯を語る

BY KYOKO SEKINE, PHOTOGRAPHS BY SATOKO IMAZU

 開発目覚ましい中国・上海の郊外で、2018年1月8日、世界中のセレブリティに愛されているホテル「アマン」の中国4軒目となるリゾート「アマンヤンユン」が開業を迎えた。10ヘクタール以上もの再開発された真新しい広大な敷地では、撫州出身の実業家、マー・ダードン(馬達東)によって移植された1万本以上のクスノキが、“未来の森”を彷彿とさせていた。

 “森を移す”という壮大なストーリーは、2002年、上海から700km近く離れたマー・ダードンの故郷、江西省撫州市郊外の小さな集落付近から始まる。11世紀から続く静かな集落に、突然ダム建設計画が持ち上がったのだ。その地域の村々には明・清朝時代の古民家が点在し、周辺にはクスノキの豊かな森が広がっていた。さらに村には人々が精神的なよりどころとして崇めてきた聖なるクスノキの巨樹があり、先人から受け継がれてきたその木は「皇帝の樹」と呼ばれていた。当時、気鋭の若き実業家として成功を収めていたマー・ダードンは、ダム工事の反対を唱えるのではなく、水底に沈みゆく故郷の豊かな森や伝統家屋を憂い、どこかほかの土地へ移し、後世に伝えたいと真に願った。まさに自分に“遺産の後見人”として天命が下りたと感じていた。氏はその頃のことを、「すでに幾百もの家が沈んだ、もう時間はない。寝ても覚めてもクスノキのことを考えていた」と語る。

画像: 「楠書房」外観。外壁から内部に至るまで、建材のすべては明代に造られたオリジナルを使用して復元されている

「楠書房」外観。外壁から内部に至るまで、建材のすべては明代に造られたオリジナルを使用して復元されている

 マー・ダードンが手に入れた上海郊外の土地には、木々と一緒に、故郷の地から無作為に選んだ明・清朝時代の伝統家屋50棟が解体され運ばれた。現在、その建物は、リゾートが誇る26棟の美しいアンティークヴィラやパビリオンとして復元されている。氏は移植する木々のために、まずは故郷の土壌を運び入れ整地をするところから始めた。「最初、村人たちは“皇帝の樹”を移動させることに大反対だった。樹には土に根づいた特別なスピリットとパワーがある。移動させたらその力が消えると。でも何度も話し合った結果、最後はダムに沈ませないことに賛成してくれた」

画像: 実業家、マー・ダードン。物静かな印象の氏だが、その熱き情熱が一途な行動力に。氏が立つのは「アマンヤンユン」内のパビリオン「楠書房(ナン シュウ ファン)」。エントランス部分は木造の美しいディテールが際立つ

実業家、マー・ダードン。物静かな印象の氏だが、その熱き情熱が一途な行動力に。氏が立つのは「アマンヤンユン」内のパビリオン「楠書房(ナン シュウ ファン)」。エントランス部分は木造の美しいディテールが際立つ

 こうして彼はダム建設に政府の許可が下りた2002年から徐々に上海郊外に木を移し始めた。原始の森の一部から選ばれた10502本のクスノキ、さらにほかの木々1,070本が、未曾有の人力と無数のトラックで700㎞もの距離を運ばれた。明・清朝時代からの伝統的民家もマー・ダードンにより救われた。「当時は広告会社を経営していて、その企業利益で2000年から2010年まで不動産に投資をしたら、国内バブル経済のおかげでかなりの勢いで増益がかなった。それで巨額の資金を森の移動再生と住居の解体復元に投資できた。この計画は、今考えれば、私が望んだのではなく、樹が私を選んだと思っている。樹が私にパワーを与え、私を動かしてくれた」

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