火山の噴火で積もった堆積物の頂高くに位置する

いにしえの町、チヴィタ・ディ・バニョレージョの息をのむような絶景。

今もこの町に住む数少ない住民たちが、過ぎ去った昔のイタリアの名残を継承している

 イタリア全土で、際立って美しく、かつてはにぎわっていた数千もの村や町が、ほぼ廃虚と化している。貧困と開発によって人々が都会へ移り住むことを余儀なくされ、村の人口が急激に減るとともに、また別のもの─この国でもっとも大切な職人たちの伝統─も絶滅の危機に瀕している。そんな中、町長と住民が、自分たちの故郷と伝統ある遺産を救おうと立ち上がった。


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 ローマとフィレンツェから2時間の距離にある古都チヴィタ・ディ・バニョレージョを語るとき、最初に言及すべきはその美しさだろう。遠くから眺めると、それは文字どおりこの世のものとは思えない絶景だ。崩れかけた火山岩が危険なまでに切り立った山頂の、もっとも高い場所にこの町は鎮座している。地面につながっているというより、むしろ雲の上にのっているかのようだ。この火山の噴火による堆積物にはエトルリア人がつくった洞穴、古代の遺跡、中世の住居、ルネサンス期の田舎風の邸宅といった無数の建築物が入り交じって残され、2,500年間にわたる建築の歴史の興亡の激しさを物語る。


 チヴィタ・ディ・バニョレージョはもともと古代の交易ルートの中心地であり、ローマ時代から中世後期まで繁栄した町だ。しかし1695年の壊滅的な地震のあとにほとんどの住民が低地へ避難して以降、長年にわたる衰退が始まった。第二次世界大戦が終わる頃には、住民のほぼ全員が仕事を求めて都会や外国へと去っていった。過去半世紀だけを見れば、この町に定住しているのは10人前後にすぎない。


 丘の侵食がひどいため(1700年代以降には丘から家が滑り落ちてしまうほどだ)、チヴィタ・ディ・バニョレージョはやがては崩れ落ちてしまうだろう。住民も観光客も、誰もが車を麓に停(と)なければならず、急な坂を歩いて上り、巨大なゴシック式の門をくぐって町に入る。建物の裏側の見えないルネサンス様式の家々の玄関前を通りすぎると、まるで映画のセットのように、いくつもの窓が空に向けて開け放たれている。埃っぽい小さな広場には、教会と、7世紀に建てられた美しい中世の塔と小さな酒場があるだけで、ほかにあまり見るべきものはない。薬局や学校や病院など、町を町たらしめるに必要な施設も見あたらない。2軒の宿と数軒のレストランがあるだけだ。理解しにくいかもしれないが、チヴィタは町としての機能をもたないまま、町として存在しているのだ。


 イタリアの、古代からある山岳町村は旅行者たちを魅了してやまない。たとえばサン・ジミニャーノ、モンテプルチアーノ、フィエーゾレが有名だが、ほかにもまだまだあり、その多くが有名な町と同じぐらいか、それ以上に美しい。だが、そんな僻地に住もうというリスクをとる人は少なく、今では少数の住民がいるだけだ。2016年のイタリア環境協会の報告書によれば、約2,500ものイタリアの田舎の村々が人口の減少により消滅の危機にある。廃虚に近い村や、住民がいないゴーストタウンもある。20世紀のイタリアは、もっぱら貧困と都市化、大量の移民の流入と自然災害に翻弄され、多くの町が崩壊した。もしそんな状況でなければ、町はさらに発展したか、少なくともあと数世紀はなんとか生き延びることができたかもしれないのだが。そうした町のほとんどは、歴史を通じて貧困にあえいできた南部にある。19世紀末から1970年代半ばにかけての民族大移動によって、これらの町は何千万人もの住民を失った。過去25年間にさらに15%も人口が減り、今や住宅や学校にはひと気がなく、畑には作物もなく、店は放置されたままだ。


 これら郊外の町は、かつてはその周辺に広がる田園地帯と密接な関係をもち、住民たちは農民や商人、職人や羊飼いとして働いていた。しかし町が死に絶えると、人口が減少しただけでなく、各地独特に根づいた伝統工芸は衰退し、それを支えてきた景観も寂れていった。この現象は、もちろんイタリアに限ったことではない。米国を含む先進国のスモールタウンは、技術と経済の変化に追いつけず、かつて町を支えていた産業やノウハウは過去の遺物となって、住民は都心へと移住しなければならなくなっている。だが、イタリアに特有なのは、丘の上の町がきわめて美しい建築的価値をもつことだ。この地で生まれ、育まれて完成した手仕事の伝統とその質の高さもまた、固有の価値あるものだ。そんな町と、そこに息づく職人技こそが、私たちがイタリアと言われて思い浮かべるもの――すなわち、国のアイデンティティの根幹であり、国の主要都市と同じように重要で、偉大な芸術的遺産なのだ。それらの衰退によって失われようとしているのは、イタリアの地方の魂そのものと言っても過言ではない。