BY MASANOBU MATSUMOTO
アートが難解なものと言われるようになったきっかけのひとつは、フランス人アーティスト、マルセル・デュシャンにある。20世紀初頭、ダダイスムに影響を受けたデュシャンは、色や線、フォルムなど画面の要素に執着してきたこれまでの絵画を “目で楽しむ芸術(網膜的芸術)”と批判し、脳や心に快感を与える“観念的な芸術”に挑んだ。実際に彼が制作したのは、台所の椅子の上に自転車の前輪をつけたオブジェや、サイン入りの男性用便器、ヒゲを描き加えたモナ・リザのポストカードといったもの。特に、日常生活にあるものを使ってオブジェを制作する“レディ・メイド(既製品)”の作品は、“なぜこれがアートになりえるのか”という鑑賞者への問いをはらみ、従来のアート作品の解釈方法を大きく揺るがした。
今、東京・表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京で展覧会を開催しているベルトラン・ラヴィエは、その“レディ・メイド”の系譜に連なる重要な現代アーティストのひとりだ。彼が注目を集めたのは1980年代。ピアノやカメラ、イームスの椅子や棚など日常空間にあるものを、色や形はそのままに、ファン・ゴッホ風の凹凸のあるタッチで塗り直し、印象派絵画のように仕立てる作品を発表した。以降、既製品を組み合わせたり加工したりしながら、絵画と彫刻、ハイカルチャーとローカルチャー、生活と芸術の関係を問うような作品を生み出している。デュシャンのようなコンセプチュアルな作品だが、正直に言えばデュシャン以上にわかりにくい。
とりわけ本展に並ぶ作品は、ラヴィエの作家性や制作背景を知らないと、その面白さを体感するのが難しいだろう。会場には展示作品を説明するリーフレットが置かれてある。それによると、《BIRKA》はIKEA社のモンドリアン風デザインのカーテン生地をパネル板に貼り付け、真ん中の正方形の部分を生地と同じ色でペイントした作品だという。《PAYSAGES AIXOIS》の素材は道路標識。描かれているのは、セザンヌが何度もキャンバスに描いた景勝地サント・ヴィクトワール山である。彼は、実際にフランスの幹線道路に設置されていた標識を買い取り、“ゴッホ風”のタッチで描き換えて作品としている。絵画をモチーフにしたファブリックは絵画として復活し、道路標識は風景画となる。いずれも、ものの不確実性をテーマにした作品だという。
冷蔵庫の上にオブジェを置いたシリーズも、彼の代表作だ。本展に展示されているのは、サルヴァトーレ・ダリが女優メイ・ウェストの唇を讃えてデザインしたソファーの大量生産品を冷蔵庫の上に置いたもの。そもそもこのシリーズは、「美術館で彫刻などが置かれている台座は冷蔵庫のようだ」という発想がきっかけ。“レディ・メイド”を、ユーモアを込めて再解釈した快作である。
2017年は、美術史において“レディ・メイド”をもっとも象徴する、デュシャンによる男性便器の作品《泉》が発表されて100年の節目にあたる年だった。今、ラヴィエの作品を観ると、そこには一世紀ぶんの“観念的な芸術”の難しさ、そして同時に一世紀ぶんの面白さが内在しているように思える。現代アートに精通した人はもちろん、その流儀にこれから触れるビギナーにも訪れてほしい展覧会だ。
『MEDLEY:Bertrand Lavier』
会期:〜11月4日(日)
会場:エスパス ルイ・ヴィトン東京
住所:東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル
休館日:ルイ・ヴィトン 表参道店に準ずる
開館時間:12:00〜20:00
入場料:無料
電話: 0120-00-1854(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)
公式サイト