フローラル・アーティストが今、“ハプニング”と呼ばれる60年代のアートにヒントを得た創作活動を繰り広げている。美の閃光のような作品は瞬く間に消えてしまうからこそ美しい

BY NANCY HASS, TRANSLATED BY NHK GLOBAL MEDIA SERVICE

 このような、人々の興味を引くスケールの大きいオブジェは、ギャラリーやエクスクルーシブなイベントの中にとどめられることが多い。これは残念なことだ、とジョフロワ・モタールは考えている。彼はこの2年間、ブリュッセル周辺の20以上の歴史的な彫像を、花で精巧に作り上げたカツラやヒゲでデコレートしている。風景に溶け込み人々の目にとどまらなくなっていたモニュメントに、新たな命を吹き込むのだ。花を使って“人と歴史をつなぐ”ことが自分の使命だと、彼は考えている。

一方、“ルーズ・リーフ”のチャーリー・ローラーとウォナ・ベにとって、ゲリラ・インスタレーションは、仕事の中で余った花々をリサイクルするハッピーな方法だ。彼らは拾った棒や道端に生えていたツタなども加えて、リースにしてしまう。フィラデルフィアで今年の4月頃から、石像やゴミ箱をデコレートしているフローリストのティナ・リビーは、地元の生花店の余りものをもらって材料にしている。だが、見る人を喜ばせることが目的の作品ばかりではない。今年の初め、マイアミにあるセメントの壁の上の有刺鉄線に、花が編み込まれた。これは、イラン出身で現在はブルックリンに拠点を置く兄弟“アイシー&ソット”による、最近の移民の苦境についてのメッセージだ。

画像: フローリストのティナ・リビーが、フィラデルフィアで彫像をバラで飾っている PHOTOGRAPH BY RICK KAUFMANN

フローリストのティナ・リビーが、フィラデルフィアで彫像をバラで飾っている
PHOTOGRAPH BY RICK KAUFMANN

 マンハッタンのミラーは、ルソーの絵画の過剰表現もキュビズムの直線的な構成も、インスピレーションの源なのだという。彼にとってフラワー・フラッシュは、ただの“叫び”のようなものだ。夜が明ける頃、ワシントン・スクエア公園のアーチの下や、ウェスト14丁目の通りの信号近くに出没する。ニューヨークのダウンタウンのさまざまな場で、3人のチームで15分以内に作品を完成させる。この活動において、彼は自身の完璧主義を放棄せざるを得なかった。それは、たやすいことではなかった。2016年10月、街なかに突如出現する作品を作り始めた頃は、スタジオで完璧に作り上げたアレンジメントをゴミ箱に入れることを考えていた。その後、細かいことにこだわるのをやめた。「裕福な人々の生活をさらに美しくする」という本業を超えるものを作るべきだと気づいたのだ。街角に立ち、その場で即興的に作り上げるのでなければ意味がない。そのためには、数々の妥協を強いられる。気取ったものを作ったり、自意識過剰になったりしては、喜びが消えてしまう。

画像: グリニッチビレッジの建設現場に出現した、大量のヒマワリとガマを用いたルイス・ミラーの作品 LEWIS MILLER DESIGN

グリニッチビレッジの建設現場に出現した、大量のヒマワリとガマを用いたルイス・ミラーの作品
LEWIS MILLER DESIGN

 ゲリラたちのインスタレーションに遭遇した通行人が、気軽にひと握りの花を持ち去り、作品を破壊していくのを見ると、ミラーはうれしくなる。このような作品は、フェリックス・ゴンザレス=トレスによる1991年のメランコリックな作品《Untitled(PortraitofRossinL.A.)》を思い起こさせる。セロハンに包まれたキャンディが山のように積まれ、ギャラリーを訪れた客がそれをひとつずつ持ち去るというもので、作者のパートナーがエイズによる合併症でやせ衰えていく様子を表現した。

 そして今、“突発的な美”が、絶望を感じる者たちにひとときの癒やしをもたらす時代が再び訪れた。ゴミ箱はバラの噴水となり、ダリアが爆発し、ユリやアイリスが噴き上がる。次の瞬間には、ただのゴミ箱に戻る。その残骸から立ち去るとき、人は気づかされる。あらゆる芸術がそうであるように、花がそこにあるのは、人が思いを馳せるきっかけをつくるためだ――命の無常と、すべての者が迎える最期に。

 

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