自画像から戦争画、宗教画まで。
藤田嗣治の画家人生に迫る

Foujita: A Retrospective Commemorating the 50th Anniversary of his Death
20世紀前半、パリで名を挙げた日本人画家・藤田嗣治。彼の没後50年を記念した回顧展が始まった。彼の作家人生を改めて知ることができる、またとない機会だ

BY MASANOBU MATSUMOTO

 おかっぱ頭に、黒い丸ブチメガネ、両耳には金のピアスというアイコニックな風貌で知られた画家・藤田嗣治。没後50年にあたる今年、彼の画業を振り返るさまざまな企画展やイベントが行われてきた。そのハイライトとも呼ぶべき、藤田の展覧会としては過去最大級の回顧展が東京都美術館で始まった。

画像: 藤田嗣治 《自画像》 1929年 油彩、カンヴァス 東京国立近代美術館蔵 © FONDATION FOUJITA / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2017 E2833

藤田嗣治 《自画像》
1929年 油彩、カンヴァス 東京国立近代美術館蔵
© FONDATION FOUJITA / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2017 E2833

 藤田嗣治は、1886年、東京都生まれ。東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業後、1913年に渡仏。当時、前衛絵画の全盛期を迎えていたパリで、パブロ・ピカソやアメデオ・モディリアーニらと交流し、“エコール・ド・パリ(パリのモンマルトルに定住し、作品制作を行った外国人芸術家たちの総称)”の寵児として脚光を浴びるようになる。代表作は、真珠のような“乳白色の肌”をした裸婦の絵。パトロンであった貴婦人から当時のセレブリティ、そして自身の妻まで、多くの女性をこの技法で描いた。

画像: 藤田嗣治 《タピスリーの裸婦》 1923年 油彩、カンヴァス 京都国立近代美術館蔵 © FONDATION FOUJITA / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2017 E2833

藤田嗣治 《タピスリーの裸婦》
1923年 油彩、カンヴァス 京都国立近代美術館蔵
© FONDATION FOUJITA / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2017 E2833

 美術史家として長年、藤田の仕事を研究し、また本展の監修を務めた林 洋子は、藤田を「作家人生を通じてほとんどスランプがなく、コンスタントに作品を制作し続けた稀な画家」と称賛する。「ただ、ほかの作家と同じように彼にも“当たり年”があります。それは1918年ごろ、そして1939〜40年、1949年。本展でもそれらの年代を丁寧にリサーチして作品を集めました」

 1919年に初めてサロン・ドートンヌに入選して売れっ子画家の仲間入りをした藤田にとって、“当たり年”のひとつ、1918年はまさにブレイク前夜。第一次世界大戦中、“日本人である自分がパリで絵描きとして居続けること”に苦悶した藤田は、この頃までに、日本美術と西洋絵画を混ぜ合わせた独自の画法を確立していく。風景画や宗教画など画題の幅も広く、すでに“乳白色”の肖像画の初期バージョンも見られる。

 第2の“当たり年”である1939〜40年は、一度日本に戻って定住した藤田が、再びパリで創作活動を行っていた時期。画材にも恵まれ、充実した作品を残した。また第3の“当たり年”である1949年は、第二次世界大戦により帰国していた彼が日本を去った年である。藤田はこのとき、1年半ほどNYに滞在し、パリへたどり着いた。ちなみに藤田が日本を離れたのは、第二次世界大戦中に「作戦記録画」、つまり「戦争画」を描いたこと――いわば国策に加担した責任を追及されたためであった。この頃、藤田は現実的な「作戦記録画」とうってかわって、動物を擬人化した寓話的絵画など、想像世界のあれこれを好んで制作したようだ。本展のメインビジュアルである《カフェ》はNY滞在中に描かれたもので、もうひとつのふるさと、自身ががもっとも輝いていた時代のパリを想って描いた幻の風景と言える。

画像: 藤田嗣治 《カフェ》 1949年 油彩、カンヴァス ポンピドゥー・センター(フランス・パリ)蔵 © MUSÉE LA PISCINE (ROUBAIX), DIST. RMN-GRAND PALAIS / ARNAUD LOUBRY / DISTRIBUTED BY AMF ©FONDATION FOUJITA / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2017 E2833

藤田嗣治 《カフェ》
1949年 油彩、カンヴァス ポンピドゥー・センター(フランス・パリ)蔵
© MUSÉE LA PISCINE (ROUBAIX),
DIST. RMN-GRAND PALAIS / ARNAUD LOUBRY / DISTRIBUTED BY AMF
©FONDATION FOUJITA / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2017 E2833

画像: 藤田嗣治 《フルール河岸 ノートル=ダム大聖堂》 1950年 油彩、カンヴァス ポンピドゥー・センター(フランス・パリ)蔵 © CENTRE POMPIDOU, MNAM-CCI, DIST. RMN-GRAND PALAIS / JACQUELINE HYDE / DISTRIBUTED BY AMF © FONDATION FOUJITA / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2017 E2833

藤田嗣治 《フルール河岸 ノートル=ダム大聖堂》
1950年 油彩、カンヴァス ポンピドゥー・センター(フランス・パリ)蔵
© CENTRE POMPIDOU, MNAM-CCI, DIST.
RMN-GRAND PALAIS / JACQUELINE HYDE / DISTRIBUTED BY AMF
© FONDATION FOUJITA / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2017 E2833

 これまでの藤田は、“エコール・ド・パリの画家”、“戦争画を描いて非難を浴びた画家”、もしくは近年の猫ブームから“愛猫の画家”としてとり上げられることが多く、戦後、彼がどう生きたかについてはあまり語られてこなかったように思える。それを考慮してか、本展は“当たり年”の1949年以降に作られた作品に関してもボリュームをさいて紹介しており、大切な見どころになっている。パリに戻ってからサロンで発表した絵画、晩年にのめり込んだ子どもの絵、手作りの器や木箱、カトリック改宗後に描いた細やかなタッチの宗教画や装飾品、そして晩年、自分の墓として制作した礼拝堂に関する資料……。それらは、全盛期に比べると面白みには欠けるかもしれないが、2度の戦争で命を落とさず、筆を折らず、絵を描き続けた藤田の、人生の厚みのようなものを実感させてくれる。

没後50年 藤田嗣治展
会期:〜2018年10月8日(月・祝)
会場:東京都美術館
住所:東京都台東区上野公園8-36
時間:9:30〜17:30(金曜は~20:00)
※ただし、8月10日、17日、24日、31日は〜21:00
休室日:月曜、9月18日、25日
※ただし、8月13日、9月17日、24日、10月1日、8日は開室
観覧料:65歳以上 ¥1,600、一般 ¥1,600、大学・専門学生 ¥1,300、高校 ¥800、中学生以下無料
電話:03(5777)8600(ハローダイヤル)
公式サイト

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