ギャラリーの壁の向こうは時を超えた世界だ。そこでは過去の亡霊たちが階段のあたりをさまよっている

BY CHRISTINE COUSIN, PHOTOGRAPH BY NICHOLAS CALCOTT, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

画像: 閉じられたドアの向こうで オフィスを美しく飾るのは、(上から時計回りに) ガスパール・デ・クラーヤー、トマス・ ゲインズバラ、ヒューゴ・フォン・ハバーマンの作品。 使われていない額縁は、鉄柵のケージに 入れられている

閉じられたドアの向こうで
オフィスを美しく飾るのは、(上から時計回りに) ガスパール・デ・クラーヤー、トマス・ ゲインズバラ、ヒューゴ・フォン・ハバーマンの作品。 使われていない額縁は、鉄柵のケージに 入れられている

 伝説的なキュレーターだったヘンリー・ゲルツァーラーが、ひっきりなしに煙草を吸いながら図書室への裏階段を上っていくさまを想像してみよう。彼は1969年にメトロポリタン美術館に20世紀アートを持ち込んだ反逆児だ(そのために、彼そっくりに作られた人形が燃やされるという事態まで起きた)。ゲルツァーラーの反骨精神を受け継ぎ、20年前にビデオ映像を美術館のコレクションに加えるという快挙をやってのけたダグ・エクルンドが、もしあの階段でゲルツァーラーに会ったら、心得顔にうなずいてみせるだろう。私たちはみな、美術館開館100周年記念を祝して1970年に行われた壮大な祝賀舞踏会で、すでに出会ってはいないだろうか? マリファナの煙がギャラリーに漂い広がり、裸同然の女性たちがグレート・ホールで踊っていたあのパーティで。当時、私は1歳だったけれど、写真家のゲイリー・ウィノグランドがその光景のすべてをフィルムに収めている。その写真を見ると、多くの見知った顔が群衆の中に映っているのだ。

 クリントン元大統領が1994年に訪れたとき、シークレットサービスが通る地下の通路は塗り直され、美術館の歴史の写真を大きく焼き直したプリントが壁に飾られた。もしあなたがこれまで亡霊の存在に気づかなかったとしても、昔の写真を見れば一目瞭然だ。亡霊たちは前列のど真ん中にいる。19世紀の学生たちもいれば、美術館の射撃場の前にずらりと並び、銃を磨いている守衛たちの姿もそこにある。それらの古い写真は、一般客がほとんど気づかない扉から私たちスタッフが出たり入ったりするとき、今も目印になってくれている。

 壁の内側では、つねにそんな亡霊たちが息づいていたのだと信じたい。小説『無垢の時代』でイーディス・ウォートンは19世紀後半のメトロポリタン美術館を「来場者のない孤独の中で朽ち果てた」と描写している。主人公のニューランド・アーチャーは、からっぽの巨大な美術館の中、オレンスカ伯爵夫人の隣に座って諦めたようにこう言う。「えーと、そうだな、いつか素晴らしい美術館になるような気もするな」。彼は正しかったが、そのときも、彼の目に触れないところで多くの人が忙しく働き、偉大な仕事をしていたはずだと私は推測する。地下室では、サインペインターが芸術家の名前を金文字で描き、エプロンをつけた修復技術者が彫刻の鼻の部分をつけ替え、職人たちが美術品を固定する台座を作っていたはずだ。そしてきっと、やる気満々の若い女性がチーズを配達していたに違いない。

 美術館の地下のすべての廊下には「アート移動中、徐行せよ」という標識がかかっている。美術品は、この混み合った建物の中で物理的に移動する。そして、ひとたびギャラリーに収まると、今度は別のもの――人々の魂や頭脳を刺激し“動かす”ことができる。そして、私たちはみな本当の意味で、移り変わる時代の中にある美術品の前で徐行すべきなのだ。私たちはしばしば、メトロポリタン美術館の所蔵品がいかにインスピレーションをかき立ててくれるかを語る。5000年以上の歴史の中で花開いたビジュアル表現からほんの数メートルの距離で、人々は懸命に働き、恋に落ち(美術館そのものや、美術品や、あるいはお互い同士で)、そうして何か自分より大きなものの存在を理解してきたのだ。

画像: スペイン、ベレス=ブランコの16世紀の中庭の一部

スペイン、ベレス=ブランコの16世紀の中庭の一部

 行ったり来たり、人と出会ったり何かをしたりといった日々の行動が、私たちの仕事をかたちづくる。だが、こうした必要なあれこれを追い求める行動をより素晴らしいものへと変換してくれるのは、過去のリズムだ。それは過去の亡霊たちとのダンスのようなものだ。亡霊たちは、夜中に木箱にもたれ、あのとんでもなくワイルドだった1970年のパーティのことをうっとりと思い返す。

 あのランプ係も同様ではないだろうか。ランプ係が戸棚を開け、隠されていたまばゆい輝きがあらわになるさまを私は思い描く。「われわれはここに光をしまっておくんだ」と彼らは言うだろう。どのくらいの光がいるか、伝えるだけでいい。彼らは天井まで舞い上がって、光を届けてくれることだろう。

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