現代美術の父と称される美術家マルセル・デュシャン。現代のファインアートのシーンに大きな影響を与えた人物だ。その仕事を新しい視座で概観する回顧展が、いま話題だ

BY MASANOBU MATSUMOTO

画像: ほかの写真をみる マルセル・デュシャン《自転車の車輪》の展示風景 PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOT

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マルセル・デュシャン《自転車の車輪》の展示風景
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 美術家マルセル・デュシャンは、現代アートを“とっつきにくいもの”にした張本人だ。自転車の車輪と椅子を合体させたものや、男性便器にサインをしたものをアート作品として発表。自身がこれまでに制作した作品をミニチュア化し、ボックス版として販売もした。芸術作品とはこの世にひとつだけのものであり、そのオリジナリティに価値があるとされてきた従来のアートの考え方に、「既製品(レディメイド)」や「複製(レプリカ)」という概念を持ち込んだ。色やかたちの美醜を目で楽しむだけでなく、その背後にある文脈やコンセプトを考えさせる観念的な芸術を提示したのである。

 そのデュシャンが没して今年で50年が経った。じつは昨年も、デュシャンのいちばんの問題作とも言える男性便器のレディメイド作品《泉》が制作されて(と同時に、美術館が展示を拒否したことで議論になり)100年の節目。このところアートのシーンでは、デュシャンを再検証する動きが静かに潜行していた。そのクライマックスにふさわしく、もっともチャレンジングといえるのが、東京国立博物館で開催中の回顧展『マルセル・デュシャンと日本美術』だろう。

 展覧会は二部構成。第一部はデュシャン作品の世界随一の所蔵先であるフィラデルフィア美術館が企画監修したプログラム『デュシャン 人と作品』展だ。画家として活動していた初期の絵画からレディメイドの作品、デュシャンの死後に完成した遺作にまつわる資料まで、約150点を会場に集め、約60年の作家人生を概観する。

 そして第二部『デュシャンの向こうに日本がみえる。』展が続く。こちらはコンパクトな内容だが、じつにユニーク。並ぶのは東京国立博物館が所蔵する国宝や重要文化財などの日本美術の作品。それらをデュシャンの作品と対比した解説とともに展示し、“ふたつに共通した芸術の観念は何か?”という謎解きのようなスリリングな視点を観賞者に与える。

画像: ほかの写真をみる (写真左) マルセル・デュシャン《泉》 1917/1950年 PHILADELPHIA MUSEUM OF ART. 125TH ANNIVERSARY ACQUISITION. GIFT (BY EXCHANGE) OF MRS. HERBERT CAMERON MORRIS,1998 © ASSOCIATION MARCEL DUCHAMP / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2018 G1311 (写真右) マルセル・デュシャン《階段を降りる裸体 No. 2》1912年 PHILADELPHIA MUSEUM OF ART. THE LOUISE AND WALTER ARENSBERG COLLECTION, 1950 © ASSOCIATION MARCEL DUCHAMP / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2018 G1350

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(写真左)
マルセル・デュシャン《泉》 1917/1950年
PHILADELPHIA MUSEUM OF ART. 125TH ANNIVERSARY ACQUISITION. GIFT (BY EXCHANGE) OF MRS. HERBERT CAMERON MORRIS,1998 © ASSOCIATION MARCEL DUCHAMP / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2018 G1311

(写真右)
マルセル・デュシャン《階段を降りる裸体 No. 2》1912年
PHILADELPHIA MUSEUM OF ART. THE LOUISE AND WALTER ARENSBERG COLLECTION, 1950 © ASSOCIATION MARCEL DUCHAMP / ADAGP, PARIS & JASPAR, TOKYO, 2018 G1350

 たとえば、室町時代の茶人、千利休による《竹一重切花入》。花器の代わりに、身近に生える竹を割って作られたこの花入は、色やかたちの美しさではなく、利休の美学やコンセプトを表現したものとして価値がある。これは、まさにデュシャンがいう観念のアートではないか? また、狩野派など日本の絵師の作品も並ぶ。室町時代から江戸時代にかけて活躍した狩野派のメンバーは、絵手本を模倣することを創作とした。タッチは違えど、構図やモチーフがほとんど同じ作品が無数にある。オリジナルの追求だけでなく、コピーも創作とした彼らは、デュシャンの思考を先取りしていたのではないか?

画像: ほかの写真をみる (写真左) 伝千利休作 《竹一重切花入 銘 園城寺》 安土桃山時代・天正18年(1590) 東京国立博物館蔵 松平直亮氏寄贈 (写真右) 俵屋宗達筆 《龍図》 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

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(写真左)
伝千利休作 《竹一重切花入 銘 園城寺》
安土桃山時代・天正18年(1590) 東京国立博物館蔵 松平直亮氏寄贈

(写真右)
俵屋宗達筆 《龍図》
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵

 日本美術に関する新しい発見にもつながるだろう。なにより、現在までに研究され尽くされた感があり、もはや現代アートの“古典”になってしまったデュシャンの姿があらためて新鮮に感じられて、楽しい。アートシーンにセンセーションを起こしたデュシャンを語るときは、新鮮で驚きのあるものであるべきだし、そういった観るものの視点に揺さぶりをかけるようなアート体験こそデュシャンの真骨頂だったはずだ。

東京国立博物館・フィラデルフィア美術館交流企画特別展
『マルセル・デュシャンと日本美術』
会期:〜12月9日(日)
会場:東京国立博物館 平成館特別展示室第1室・第2室
住所:東京都台東区上野公園13-9
開館時間:9:30〜17:00(ただし、金・土曜、10月31日、11月1日は〜21:00)
休館日:月曜(ただし祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館)
入館料:一般¥1,200、大学生¥900、高校生¥700、中学生以下無料
電話: 03(5777)8600
公式サイト

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