背景に溶け込むように身体や衣服をペインティングし、“見えない男”になる現代アーティスト、リウ・ボーリン。いま『TOKYOGRAPHIE 2018』で展示されている世界最古のシャンパーニュ、ルイナールとのコラボレーション作品について、本人に話を聞いた

BY MASANOBU MATSUMOTO, PHOTOGRAPH BY MAGIC KOBAYASHI

 毎年、京都を舞台に開催されている写真際『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』のスピオンオフ・イベントとして、いま、東京都内で開幕中の『TOKYOGRAPHIE 2018』。そのなかで特に話題をさらっているのが中国の現代アーティスト、リウ・ボーリンの展示だ。

 その作風から“見えない男”“透明人間”とも呼ばれるリウ。その代表作は、自身をペインティングし、自然環境や都市空間にカメレオンのように溶け込んだセルフポートレイト・シリーズだ。ビジュアルのユニークさが決め手となる作品だが、単なるインスタ時代に再興したトリック・アートの類ではない。

「もともとは北京の芸術家たちが集まるエリアにアトリエを構えて、彫刻作品を作っていました。しかし2005年ごろ、中国政府が、そのエリア一体の建物を強制的に取り壊したんです。そのとき、私が行なったのは、壊された伝統的な家屋や街並みを前に、自分がそれと同化するように立つという“無言の抵抗”のパフォーマンス。その自分の身体を使ったストレートな表現ーーそれが、“見えない男”、カムフラージュ・アートの着想になりました」とリウは述べる。

 彼が背景に選ぶのは、急スピードで移り変わる中国の都市部の景観、大量消費を象徴するようなスーパーマーケットの陳列台、地球が生み出した壮大な氷河や森林など。そうした題材を通じて、政治的・社会的な諸問題に警鐘を鳴らし、またある時は、大いなる自然や文化への深いリスペクトの意を示す。彼にとって“見えなくなる”という行為は、ビジュアルとして“消えていなくなる”ことが目的ではない。おそらく、目の前の対象に同化し、できるだけ深く身を寄せながら、いま世界で起こっていることを自分の言語で知ろうとするリウ独自の思考法にも思える。

画像: リウ・ボーリン 1973年生まれ。中国・山東省出身。北京中央美術学院で彫刻を学び、現代アーティストとして活動。“見えない男”と称されるパフォーマンス作品は、ファッションブランド、モンクレールの広告ビジュアルにも起用された ほかの写真をみる

リウ・ボーリン
1973年生まれ。中国・山東省出身。北京中央美術学院で彫刻を学び、現代アーティストとして活動。“見えない男”と称されるパフォーマンス作品は、ファッションブランド、モンクレールの広告ビジュアルにも起用された
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 そうした思慮深いリウの制作姿勢は、会場に並ぶルイナールとのコラボレーション作品にもよく現れている。リウは、2017年5月、フランスのランスで創業した世界最古のシャンパーニュメゾン、ルイナール社に約10日間滞在。広大な敷地を歩き、スタッフと交流し、また文献でもリサーチしながら、8つの壮大なビジュアルを完成させた。「ぶどう畑から製造工場、貯蔵セラー、また昔からルイナールは広告ビジュアルも有名ですが、そういったアート的、文化的要素まで、ルイナールの300年の歴史と現在を感じさせる、すべての側面をカバーできるように、8つのシチュエーションを背景に選んでいます」と話す。

画像: ぶどう畑のなかに、“透明人間”のように潜むリウと最高醸造責任者のフレデリック。「敷地内の移動や運搬も、車ではなく人力。環境に優しく、自然資源をうまく活用した、サステナブルなシャンパーニュ作りが行われていることにも感銘を受けました」。リウは、近年、エコロジーや環境問題をテーマにした作品も手がける ほかの写真をみる

ぶどう畑のなかに、“透明人間”のように潜むリウと最高醸造責任者のフレデリック。「敷地内の移動や運搬も、車ではなく人力。環境に優しく、自然資源をうまく活用した、サステナブルなシャンパーニュ作りが行われていることにも感銘を受けました」。リウは、近年、エコロジーや環境問題をテーマにした作品も手がける
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画像: パリのベル・エポック時代の代表的作家、アルフォンス・ミュシャが描いたイラスト広告の前に立つリウ。ルイナールは、アーティストやアートシーンへのスポンサーとしても尽力。この広告は、そのルイナールのアートとの関わりを示すシンボル的存在だ © RUINART/LIU BOLIN ほかの写真をみる

パリのベル・エポック時代の代表的作家、アルフォンス・ミュシャが描いたイラスト広告の前に立つリウ。ルイナールは、アーティストやアートシーンへのスポンサーとしても尽力。この広告は、そのルイナールのアートとの関わりを示すシンボル的存在だ
© RUINART/LIU BOLIN
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 この滞在で特に印象的だったのは、地下のセラーでの作品制作だと話す。「写真はライトの色の影響を強く受けるものですが、そのセラーではシャンパーニュの品質をキープするために(光による劣化の具合が小さい)オレンジ色のライトが使われていていました。セラーでは赤に見えても、自然光の下ではグレーになる。自身を着彩する際の色合わせに、とても苦戦しました。しかもセラーがあるのは、地下40mほどの非常に深い場所。だから、長くいると酸欠に(笑)。これは作家人生で初めての経験でしたね」と笑う。

 このルイナールのセラーは、古代ローマ時代の採石場跡で、1931年にフランスの歴史的建造物に指定されている。「内部はかなり広く、貯蔵庫として使われていないスペースもありました。そうした場所をよく観察すると、壁のあちらこちらに文字などの痕跡が残されていました。戦時中、防空壕としても使われていたそうです。300年もの長い時間のなかで、戦争や恐慌などの苦難をも乗り越えてきたパワフルなメゾンの記憶が、このセラーの壁に刻まれているのです。そのことも、今回の制作の大きなインスピレーションになりました」

画像: セラーの壁面を背景にしたこの作品では、他とは異なり、自身の腕に壁と同じ白亜質の石灰を塗りつけている。「以前、彫刻作品を作っていたころは、私はいつも石灰まみれ。この土は、昔の自分をも思い起こさせました」とリウ。特に個人的な思い入れが強い一枚だと話す © RUINART/LIU BOLIN ほかの写真をみる

セラーの壁面を背景にしたこの作品では、他とは異なり、自身の腕に壁と同じ白亜質の石灰を塗りつけている。「以前、彫刻作品を作っていたころは、私はいつも石灰まみれ。この土は、昔の自分をも思い起こさせました」とリウ。特に個人的な思い入れが強い一枚だと話す
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