人生最悪の失恋体験を
アートに変える。
ソフィ・カルの試み

Sophie Calle, "Exquisite Pain" from the Hara Museum Collection
現代美術家ソフィ・カルは、以前、アートは癒しであると語っていた。その代表作であり、自身の失恋体験とその治癒のプロセスをテーマにした自伝的作品《限局性激痛》が、東京・原美術館で展示中だ

BY MASANOBU MATSUMOTO

 フランス人アーティスト、ソフィ・カルは、儀式のように厳格なルールに自分の身を置きながら、他人の内面をのぞき見みするような作品をつくる。たとえば、その日最初に会った人を尾行し、その行動を盗撮。見知らぬ人のヴェネチア旅行までを追跡したこともある(《ヴェネチア組曲》1980年)。またあるときは、道端で拾ったアドレス帳の住所録ひとつひとつを訪問し、持ち主についての聞き取りを実施。その物語を無断で新聞の連載エッセイとして発表してしまう(《アドレス帳》1983年)。

 といっても、ストーカーとは少し違う。カルの興味は、追跡しているその人自体ではなく、一般の人、つまり、赤の他人が“街でどう生活しているのか”にある。彼女いわく、その行為は長年海外を放浪し、“パリの街の歩き方”を忘れてしまった自分が、この街での生き方を取り戻すために始めたこと。療法やトレーニングようなものなのだ。

 そんなカルの「セラピーとしての制作」の側面をもっともよく表しているのが、今、東京・原美術館で展示されている《限局性激痛》だろう。題材は、カルの身に襲いかかった人生最悪の失恋体験と、それから立ち直るまでのプロセス。「失恋前」の第1部と「失恋後」の第2部で、それぞれ表現スタイルを変えた2部構成のインスタレーション作品だ。

画像: 『「ソフィ カル ー 限局性激痛」原美術館コレクション』の展示風景。《限局性激痛》は、1999年から2000年にかけて原美術館で発表することを前提に制作された作品で、フルスケールの展示は20年ぶり。写真は第1部の展示スペース。失恋するまでの日々を、写真日記スタイルで表現している ©SOPHIE CALLE / ADAGP PARIS AND JASPAR TOKYO, 2018 PHOTOGRAPH BY KEIZO KIOKU ほかの写真もみる

『「ソフィ カル ー 限局性激痛」原美術館コレクション』の展示風景。《限局性激痛》は、1999年から2000年にかけて原美術館で発表することを前提に制作された作品で、フルスケールの展示は20年ぶり。写真は第1部の展示スペース。失恋するまでの日々を、写真日記スタイルで表現している
©SOPHIE CALLE / ADAGP PARIS AND JASPAR TOKYO, 2018
PHOTOGRAPH BY KEIZO KIOKU
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 第1部は、その失恋までの約3カ月間の出来事をカウントダウン形式で見せる。この3カ月とは、ちょうどカルが奨学金を獲得して日本にやってきた期間で、展示スペースには、そのスナップ写真や自身の写真、旅先でのメモや地図、手紙などが並ぶ。

 ちなみに、のちに決別するその男性とカルは、“いい関係”(恋人関係までは発展していないが、カルのなかでは“もう少し押しかければ成就するかもしれない”状態)にあった。「3カ月間という遠距離の時間が、恋愛をいい方向に向かわせるかもしれない」という思惑もあって、カルは日本での滞在を決めたらしい。そんなわけで、作品中の写真やメモには、日本で占いにハマったり、神社で願をかけたり、その一方でイタリア人と浮気したりと、遠距離ゆえのカルの不安定な心のありようも見てとれて、私小説風で面白い。

 さすがと思わせるのは、カルの“思惑”がズバリ的中し、滞在の後半になると男性からのラブレター的な手紙が数回届いていることだ。やがてカルは日本の滞在を終えたあと、そのままパリには戻らず、インドのニューデリー(日本と、男のいるパリの中間地点)で落ち合う約束までこぎつける。が、その空港の出発カウンターで、“最悪の出来事”が起こるのである。

画像: 失恋まで54日前の写真 SOPHIE CALLE《EXQUISITE PAIN》1984-2003 © SOPHIE CALLE / ADAGP, PARIS 2018 AND JASPAR, TOKYO, 2018 ほかの写真もみる

失恋まで54日前の写真
SOPHIE CALLE《EXQUISITE PAIN》1984-2003
© SOPHIE CALLE / ADAGP, PARIS 2018 AND JASPAR, TOKYO, 2018
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画像: 失恋まで48日前の写真。日本人アーティストの今井俊満のアトリエにて。右に置かれている青い物体は、イヴ・クライン作のトルソー SOPHIE CALLE《EXQUISITE PAIN》1984-2003 © SOPHIE CALLE / ADAGP, PARIS 2018 AND JASPAR, TOKYO, 2018 ほかの写真もみる

失恋まで48日前の写真。日本人アーティストの今井俊満のアトリエにて。右に置かれている青い物体は、イヴ・クライン作のトルソー
SOPHIE CALLE《EXQUISITE PAIN》1984-2003
© SOPHIE CALLE / ADAGP, PARIS 2018 AND JASPAR, TOKYO, 2018
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 いかにもカルらしいのは、パリに戻ったあと、いつものように儀式めいた作業を始めることだ。ルールは、毎日、1日ひとりの人に今回の失恋体験を聞いてもらい、相手にも人生で最悪の出来事を話してもらうこと。期間は、カルが自分に身に起きたことを客観的に納得し、その痛みがぶり返さないようになるまで――だ。

 第2部のスペースでは、その際にカルとインタビュー相手が互いに語った“悲しい経験”がそれぞれ一枚の写真とテキストで表現されている。本作を見る限り、この“悲しい経験”の交換を、カルは99人と、つまり99回も繰り返しており、実際、失恋体験を回顧する彼女のテキストには、徐々に気持ちが整理されていくさまが表れている。

画像: 『「ソフィ カル ー 限局性激痛」原美術館コレクション』展示風景。第2部の展示スペース ©SOPHIE CALLE / ADAGP PARIS AND JASPAR TOKYO, 2018 PHOTOGRAPH BY KEIZO KIOKU ほかの写真もみる

『「ソフィ カル ー 限局性激痛」原美術館コレクション』展示風景。第2部の展示スペース
©SOPHIE CALLE / ADAGP PARIS AND JASPAR TOKYO, 2018
PHOTOGRAPH BY KEIZO KIOKU
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画像: 1999-2000年 の『ソフィ カル ー 限局性激痛』原美術館での展示風景。グレー布に白い刺繍で刻まれたテキストは、カルが語った言葉。白布に黒字で記されたものは、インタビュー相手の言葉。苦しみや痛みの体験を交換することで、カルは失恋の傷を治癒しようと試みた © SOPHIE CALLE / ADAGP, PARIS 2018 AND JASPAR, TOKYO, 2018 ほかの写真もみる

1999-2000年 の『ソフィ カル ー 限局性激痛』原美術館での展示風景。グレー布に白い刺繍で刻まれたテキストは、カルが語った言葉。白布に黒字で記されたものは、インタビュー相手の言葉。苦しみや痛みの体験を交換することで、カルは失恋の傷を治癒しようと試みた
© SOPHIE CALLE / ADAGP, PARIS 2018 AND JASPAR, TOKYO, 2018
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 本作《限局性激痛》の英語名は《Exquisite Pain》。このExquisiteには、「激しい」だけでなく「美しい」の意味もある。原美術館の学芸員は、当時、作品名の日本語訳を決定する際、「激痛」と「美しい痛み」の2パターンあることをカルに伝えたが、彼女は迷うことなく「激痛」を選んだという。思い出話のように簡単に、痛みを美化しない。その痛みや苦しみに徹底的に向き合おうとする彼女の強い意志が、この作品の強度になっている。

「ソフィ カル ─ 限局性激痛」原美術館コレクションより
会期:〜3月28日(木)
会場:原美術館
住所:東京都品川区北品川4-7-25
開館時間:11:00〜17:00 ※水曜のみ〜20:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜(ただし2月11日は開館、2月12日は休館)
入館料:一般 ¥1,100、大学・高校生 ¥700、中・小学生 ¥500
電話:03(3445)0651
公式サイト

 

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