龍のようにうねりながら丘を這う回廊と、その建物を彩るように咲く桜の花。今後250年をかけて、9万9,000本の桜が福島県いわき市の山を埋め尽くす。この遠大な計画を主導するひとりの男と、彼を取り巻く友人たちの活動をノンフィクション作家の川内有緒が追った

BY ARIO KAWAUCHI, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI

 志賀は定期的に植樹会を開き、現在までに約4,000本の植樹を行なった。桜を植えるなんて素敵なリベンジですね、そう言うと志賀は苦笑いした。「そう言われると困っちゃうよね。わっはっは!」

 今のペースで進むと、すべての植樹が終わるのは、250年後になる。生きて見られなくてもいいんですか、そう尋ねると、志賀は飄々と答えた。「急ぐ理由はねえし、ラクしようとも思ってねえし、困ることはなんもないよね。だからこそ、今は、“お客さん”に来てもらいたくないんだ。騒がしくなって、プロジェクトがストップしてしまうのがいちばん困るんだ。お客さんが来るのは、20年後くらいがちょうどいい。それにこのプロジェクトは俺の気持ちひとつだから、長く続けるには、俺が我慢せずにとことん楽しんで、やりたいようにやることが大事なんだ」

画像: 毎年9月に志賀がボランティアと種まきする菜の花も、満開の桜に色を添える

毎年9月に志賀がボランティアと種まきする菜の花も、満開の桜に色を添える

 いわき生まれでローカルアクティビストとして活動する小松理虔(りけん)は、いわきは戦後からずっと首都圏の「バックヤード」として機能してきたと語る。農産物や水産品、工業品、電力に至るまで、いわきの産業は首都圏を支え、人々は求められた役割を黙々とこなしてきた。

 そんな寡黙な地域だからこそ、志賀の「お客さんには来てほしくない」という言葉には、もうひとつの意味が込められている。今回の春祭で初めて美術館を訪れたという女性が、志賀に「素敵な美術館だから、ずっとこのまま続いてほしい」とコメントしたところ、「あのね、いてほしい、ではダメなんだよ。そう思うなら自分もそこに参加しないと」と答えていた。女性は、はっとして「そうですね」と答えた。そこには、“お客さん”ではなく、当事者たれ、という想いが込められている。お客さんではなく、自分ごととして山仕事に参加したい人ならば、実は大歓迎なのだ。

画像: 2011年から夏を除き月に一度のペースで植樹会が開かれ、今までに約4000本の桜が植樹された。植樹は一人1本まで。広大な山林が必要となるため、約60人の地主が無償で協力している。山林を切り拓く作業や草刈りなど、植樹以外の山仕事は一年じゅう絶えることがない

2011年から夏を除き月に一度のペースで植樹会が開かれ、今までに約4000本の桜が植樹された。植樹は一人1本まで。広大な山林が必要となるため、約60人の地主が無償で協力している。山林を切り拓く作業や草刈りなど、植樹以外の山仕事は一年じゅう絶えることがない

 志賀は、知っている。ただ願ったり、人に頼るだけでは、望む世界はつくれない。予算がない、補助金がもらえないと嘆いたり、SNSに書き込んだりしているだけでは、世界は動かない。望む世界をつくり出すには、自分の体を動かし、自腹を切り、汗を流すしかない。

 多くの想いを知ったあとに改めて美術館を眺めれば、まるで長くうねる回廊が「バックヤード」という檻から放たれた龍のようにも見えてくる。

画像: 《再生の塔》の丘に咲いた桜の花

《再生の塔》の丘に咲いた桜の花

 アートと桜を使った穏やかなる反乱の地――。
「何年かたったら、来るな、来るなって言っても人がいっぱい来ちゃって、きっとあの辺に駅ができてるかもしれないぞ」と志賀は嬉しそうに、田んぼの向こうの線路を指差した。

 祭りから10日後、山は満開の桜に包まれた。その見事な光景が見られなかった多くの人のために、蔡がつぶやいたひとつの言葉をここに贈りたい。
 ――桜は誰のものでもない。みんなのものだ――

 

This article is a sponsored article by
''.