BY KANAE HASEGAWA, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
1,300度にもなる高温のガラス種を竿の先に巻き取り、人が息を吹き込むことで膨らませて形を作る「吹きガラス」。眺めていると、吹いた人の吐息がそのまま形になったように感じてしまう。25年以上もガラスと向き合いながら創作をするガラス作家、イイノナホさんにとってもガラスは身体の一部のようで、「ふっと息を吹き込む作業はもう体に染みついています」と言う。
7月6日(土)まで東京・乃木坂の「ギャラリー・アートアンリミテッド」で開催中の作品展では、イイノナホさんが“幸運の形” (Wheel of Fortune)と表現する、いくつもの碧色の輪が昇華するさまをモチーフにしたガラス作品を中心に、ガラスの茶器、オブジェなどを見ることができる。
イイノさんの作品づくりは、チームワークなくしてはできない。作りたいイメージが固まると、そこからはアシスタントとともに、どのような技法であればイメージを形にできるのか、どのタイミングでガラスに息を吹き込み、その後どんな工程を踏むのか、段取りを事細かく可視化してスタッフと共有するのだという。
「溶解炉から竿の先に巻き取ったばかりのガラスの種は高温。そのままにしておくとあっという間に冷めて固まってしまい、形が作れません。そのため、ガラスを扱いやすい800度ほどのグローリーホールという炉を出たり入ったりしながら膨らませて形を作っていきます。形ができあがると、ゆっくりと冷やすために徐冷別という別の炉に移します。
こうした一連の作業が滞ることなく進むように、スタッフの立ち位置、動きはすべて事前に決める必要があり、全員の動きがピタッとかみ合って初めて、イメージしたガラスができるんです」。サッカーゲームのフォーメーションのようにも聞こえるが、失敗するリスクを減らし、よりよいものを作るために、何度も頭でイメージトレーニングをする。そうして体が反射的に動くようになるためには、長年の経験が必要だ。
そんな肉体労働の苦労を感じさせないほどに、できあがったガラスは清らか。同時に、透明な中に底知れない奥行きを感じさせる。「私にとってガラスは、美しさそのもの。自分の頭に浮かぶ美しいイメージを表現するには、土でも石でもなく、自由に扱えるガラスという素材が最適なんです」とイイノさん。
年始に開催した展覧会では、流れゆく時間を閉じ込めたようなガラス作品「時の花」シリーズを発表した。「ガラスの魅力はたくさんありますが、固まってしまったガラスであっても絶えず変化している感じがして、そこも魅かれるところのひとつです」。イイノナホさんの作るガラス作品は、まさに流れていたものが固まった瞬間か、あるいは固まっていたものが流れ出る瞬間であるかのような、不思議な状態を保っているように見える。
こうしたガラス作品は、暮らしそのものに対する彼女の姿勢の表れでもあるようだ。「今という時を大切にしています。過去というのは、記憶には残っていても真実はあやふやで、未来はさらに不確かです。私の中で確かな実態を持っているのは今しかないように思えます。そうした意味で、今という時間を止めたようなガラスは私の心の持ちようとぴったり合うんです」
確かに、時は砂のように指のあいだからするするとこぼれ落ちてしまう。イイノナホさんと同じ思いを抱いている人はきっと多いだろう。「私自身がきれいと思って心躍ったイメージに形を与えたものがガラスなので、ほかのみなさんにも見ていただくことで、そのときめきを分かち合えたら」というイイノさん。その思いは、7月、ショップとなって実現する。
「イイノナホ ガラス作品展 碧の輪-Wheel of Fortune-」
会期:7月6日(土)まで
会場:ギャラリー・アートアンリミテッド
住所:東京都港区南青山1-26-4 六本木ダイヤビル 3F
営業時間:13:00~19:00
休業日:日・火曜、祝日(※ 展覧会ごとに異なるので要確認)
電話:03(6805)5280
公式サイト