伝説の芸術家との10年におよぶ日々を綴ったフランソワーズ・ジローの本『ピカソとの日々』は、1964年に出版された当時、問題作となった。それから半世紀以上が経ったいま、ふたたび発売されることになった

BY THESSALY LA FORCE, TRANSLATED BY KANAE HASEGAWA

 それから何十年も経ったが、それでもなお、この回想録は今読んでも驚くほど新鮮だ。ピカソは素晴らしい人間であると同時に、ジローに対して支配的で――彼女の欲求や望みには無頓着な所有欲の強い人間として描かれている。ピカソがかつてジローに語ったのは、“女性は2種類しかいない”ということ。女神か、ドアマットか、そのどちらかのタイプしかいないと。

 だからといってジローによる本はピカソの芸術をけなすものではない。しかし、独自の方法で、ときに驚くほど自分本位で、極めて親しい相手にさえも非情なまでに冷酷になりうるピカソという人物像を浮かび上がらせている。天才ピカソの伝説は、本書に克明に記された彼の人としての未熟さやエゴと天秤にかけられるのだ。のちにジローと親交を結んだリチャードソンは、自身が亡くなる直前、じつのところ、ピカソがジローに与えた影響よりも、ピカソがジローから受けた影響の方が大きかったことを明かしている。

画像: フランソワーズ・ジロー 《Polarities》(2009) COURTESY OF THE ARTIST

フランソワーズ・ジロー 《Polarities》(2009)
COURTESY OF THE ARTIST

 ある日の朝、97歳のジローと彼女の娘、オウレリア・エンゲルに会いにマンハッタンのアッパー・ウェスト・サイドにあるジローの自宅を訪ねた(ジローはピカソと別れたのち、二度結婚している。はじめはエンゲルの父親となるリュック・シモン、その後、ジョナス・ソークと)。今でも彼女が絵を描くその家で、回想録について、そしてジロー自身の創作活動について話を聞いた。9月まで米国ニューオーリンズにあるマックグライダー ギャラリーでモノタイプ(版画の一種)の個展を開いていたジロー。平面の支持体に図画を描き、紙を押し当てて転写する技法のモノタイプの作品は、空想的で美しい。色彩豊かで、色を何層にも重ねることで浮遊感を生み出しているが、意図的な感じはしない。神話を題材にしたものもあれば、完全な抽象画のモノタイプもある。当然のことだが、ジローは、ピカソとの生活より、自身の創作について話す方が乗り気のようだ。

 以下に続くのは、われわれの会話を抜粋して編集したものである。

テッサリア・ラフォース(以下、T):1964年、最初に本を出版したとき、当初どのような反応がありましたか?

フランソワーズ・ジロー(以下、F):そうですね、覚えていません。あまりに遠い昔のことなので。

T:何十年も経った今、改めてこの本を振り返って感じることはありますか?

F:何もありません。私は、過去ではなく、今を生きる人間です。未来に関してはどうかわかりませんが。一日一日、その日に起きること、次の日のことが大切なので、過去を気にしていません。「あの日、あんなことが起きたわね」といったことは一切、気に留めていません。

T:そうですね。

F:それに、絵画というのは――たとえば数学に取り組んでいるならば数字を気にするかもしれませんが、絵の場合、そうではありません。絵では色と色の組み合わせがどんな関係を生むのか、形と形がどんな関係を生むのか。そのような関係性を追求するのが絵です。それ以外の何ものでもありません。

T:絵画のなかに物語性はないと考えますか? それともおっしゃるように絵画は色彩、形態からなるものなのでしょうか?

F:絵は絵です。

T:私は画家ではないので、それではわかりません。

F:そうですよね、これは重要なことなのです。多くの人が絵に物語性を求めます。物語はあってもいいのですが、不可欠ではないということです。

T:絵は毎日お描きになるのですか?

F:たいていスケッチをしているか、外を眺めているか。はっきりと決めていません。

T:毎日、どのように過ごしているのですか?

F:今の私にとって絵を描くことは呼吸をするように自然なことです。ふだん呼吸をしますよね。呼吸を停止することはありません。とても簡単なことです。絵を描くことは、神秘的な領域に触発されて始まるのではない。これは私に限ったことではなく、どんな画家でも毎日していること。手を使って自分の感情を表現できる人、それが画家です。そのようにして毎日、暮らしています。

T:なるほど。

F:詩人が詩を書くことと同じでしょう。

T:そうですね。

F:歴史書を書くというよりは、詩に近い。

T:一枚の絵を完成するにはどのくらいかかるのですか?

F:一日で完成するものもあれば、一か月あるいは一年かかるものもあります。

T:ものによるのですか?

F:そのとおりです。ひとつひとつが独立した作品ですから。今夜仕上げることができるかもしれないですし、6か月経っても完成しないかもしれません。作品づくりには関係ありません。かかった時間は重要ではないということです。

T:絵が完成したというのはどのようにして判断するのですか?

F:誰の目にも一目瞭然です。私の目にも。

 

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