伝説の芸術家との10年におよぶ日々を綴ったフランソワーズ・ジローの本『ピカソとの日々』は、1964年に出版された当時、問題作となった。それから半世紀以上が経ったいま、ふたたび発売されることになった

BY THESSALY LA FORCE, TRANSLATED BY KANAE HASEGAWA

T:回想録『ピカソとの日々』がこのほど再版されました。あなたが『ピカソ』の著者、ジョン・リチャードソンと友人になったという話についてお聞きしてもいいでしょうか? 原書が出版された時、彼が最初、本を酷評したことは有名です。

F:そのとおりです。当時、彼は私と会ったこともなければ、私のことを知りもしませんでした。聞いた話から私のことを判断したんです。その後、会う機会ができて、とても親しくなりました。何と言えばいいでしょう。出版当時、多くの人は私を目の敵にすれば、ピカソの肩を持つことになると思っていたので、本のことをこき下ろしたのです。ところが、そうしたところでピカソの機嫌が変わる様子は見られなかったので、みんなそうした考えを捨てたのです。

T:それは興味深い話です。私は本をとても気に入っています。文体も語り口調も見事だと思います。

F:加えて、私は間違ったことを何も語っていないのですから。事実しか語っていません。誰よりも私がピカソのことを理解している人間であることを、みんなわかっていました。そして、この本が、他のピカソについての本よりうまくできていることも。ただ、出る杭は打たれるものです。

T:そうですね。

F:だから叩かれたのです。

T:本に書かれているのはピカソのことが圧倒的に多く、あなたの存在がほとんど感じられません。

F:それは私は、目の前で行われている出来事を覗き込む目になっているから。“目”のことを言っているのではなく、私の目が見ているものを捉えたからです。

T:そのようにピカソにフォーカスする手法を選んだのは、理解できます。しかし、私としてはあなたの人生についても読みたかった、と。

F:そのような本もできたでしょうが、その場合、本のタイトルは違ったでしょう。そういった類の文章はいくらでも書くことができます。詩をずっと書いてきましたし、他の人についての本も書きました。ピカソについて書くのだから、ピカソについて語らなくてはいけません。

T:執筆の最中、読んだ人からどんな反響が来るかと思うと怖くなりませんでしたか?

F:怖いと思ったことなど一度もありません。私らしくないことです。怖かったら書きませんし、実際に怖くなかったですね。なぜ怖がる必要があるのでしょうか? 何に対して?

T:私にもわかりませんが、怖がる人もいます。

F:恐怖心そのものが怖いということですね。

T:そうです。

F:でも、それは愚かなこと。私のことをどのように言ってもらってもかまいませんが、私は愚かではありません。

T:誰もあなたのことをそうは言わないでしょう。本のなかで、あなたとピカソが絵について、ジョルジュ・ブラック、アンリ・マティス、マルク・シャガールといった画家仲間について語り合ったひとときの描写は、とりわけすばらしかったです。

F:そうね。ずっとともに暮らしていたから――どのくらい一緒にいたでしょう――10年は一緒だったはずです。なので、ピカソとは、することなすことだけでなく、一緒に話したことなど、さまざまなことを通してお互いを理解し合いました。長い関係です。このように理解し合うことはとても大切。

画像: フランソワーズ・ジロー 《Horse Abstraction》(1945) COURTESY OF THE ARTIST

フランソワーズ・ジロー 《Horse Abstraction》(1945)
COURTESY OF THE ARTIST

T:そうした日々の中であなた自身の絵はどのように変化したのでしょう?

F:そうですね。誰でもそうだと思いますが、どんな画家でも作品は自身の人生経験とともに変化するものです。自ずとそうなります。人生を経験していくということ。今日は太陽が少し見えますね。そこで、太陽について考えてもいい。逆の見方をして、雨について考えてもいい。雨がないのですから。どちらとも言えません。予定したものとまったく関係ないことについて描くこともあります。初めから計画を立てないこともあります。閃きね、閃きで動くことは大切だと思います。

T:あらゆる意味において、ピカソはすばらしい人間であるとともに、とても自己中心的な人のようですね。あなたはどうお考えでしょう、芸術家であるためには――。

F:まず、本に対する批判的な声はピカソの“取り巻き”から上がったものです。彼らはもっといい本だと期待していたので、はじめ批判をしたのです。

T:なるほど。

F:当然でしょう。ピカソについて彼らが到底知りえないことも、私はすべて知っていたのですから、鼻持ちならない存在だったのでしょう。批判に対して戦うことになることは前もってわかっていました。すべての人に受け入れられる本ではないだろうって。

T:そうですね。

F:そういうこともあります。自分のことを好意的に捉えてくれるときもあれば、そうでないときもあります。だからといって、いちいち他人の否定的な意見、好意的な意見に振り回される必要はありません。そうでしょう? 重要なのはふたつだけ。自身、そして真実に対して忠実であるということ。周りの人たちが正しいと思っていることだからといって、それを信じるべきだとは思いません。そうした人たちが頭の中ですでに正しいと思いこんでいるのであれば、私が言うことは何もないでしょう?

T:ええ。

F:そうじゃないんですよ。何度でも言いますが、彼らは思っているだけで、真実を知らないんです。

 

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