伝説の芸術家との10年におよぶ日々を綴ったフランソワーズ・ジローの本『ピカソとの日々』は、1964年に出版された当時、問題作となった。それから半世紀以上が経ったいま、ふたたび発売されることになった

BY THESSALY LA FORCE, TRANSLATED BY KANAE HASEGAWA

T:あなたの行動に対してとても勇気があるという人もいます。天才、偉大な芸術家になるためには――ピカソのような身勝手な態度をとる必要があるのでしょうか――あなたはどう思いますか?

F:そうですね。彼は自分勝手でした。ほかの人の10倍もね。自分が他の人より100倍才能があると思っていたから、他の人の100倍エゴイストでした。

T:自己中心的でないと才能ある芸術家にはなれないのでしょうか?

F:なれません。ところで“自己中心的”という表現は間違っています。芸術家は自我が強くなければならないので、自己中心的であるのは普通のことです。

T:そうなんですね。

F:アートは芸術家の自己表現であるべきで、自己と社会一般との関係を表現するものであるべきです。したがって、芸術家は他人の疑問に対して解決を出すことはできません。芸術家は自身にとっての真実とは何かを追求するだけです。

画像: フランソワーズ・ジロー 《The Constructor》(1944) COURTESY OF THE ARTIST

フランソワーズ・ジロー 《The Constructor》(1944)
COURTESY OF THE ARTIST

T:そうすることは男性よりも女性の芸術家にとって難しいことだと思いますか?

F:芸術家であるために、性の違いが関係するとは思えません。女か男かでなぜ違うのですか? 男の人が目を向けないことにも、私たち女性であれば注視する可能性があります。注視することで、あることについての真実により迫る可能性が生まれます。なぜなら女性は、そのことについて何度も考え、何が真の解決なのかを考えてきたから。

T:しかし、男性はそれを許されている……

F:なぜ誰かの許可を求める必要があるのですか? 第一に、“許される”という前提はありません。

T:わかりました。

F:許されて何かをする、ということは、やりなさいと言われたことしか実行しないことになります。そこには創造性が少しもありません。あることに対して自分の考えを表現するのが画家であり、小説家です。そこに男女の違いによる差は生まれません。それができないのであれば、家に閉じこもっていた方がいいですね。

T:この本で、私が好きな章がほかにもあります。あなたがピカソのもとを去る決意をする最後の章です。

F:あなたは、私が最後の章の内容を覚えていると思いますか? いいえ。最初の章の内容すら覚えていません。自分のしたことを振り返るのに時間をかけていませんから。私はそのときのことを書くんです。書いているときは、可能なかぎり事実に忠実に書こうとします。そうして書き終えたら、それでおしまい。読み返す必要はどこにあるのかしら?

T:それには賛同しますが、本には、ピカソと決別しようとするあなたに対する彼の言葉が詳述されています。それは、「本当のところ、君は僕に多くを負っている。この先、今以上の暮らしなどありえないよ」というものです。これに対して今、何か語ることはありますか? 彼と別れてからも充実した人生を送られているようですが。

F:何も言うことはありません。わかっていました。人生は一度しかありません。その人生をどう演じるかは自分で決めなくてはいけません。よいものであっても悪いものであっても。それが現実なのですから。

T:本の中でアンドレ・ジッド(註:ノーベル文学賞受賞のフランスの小説家)はあなたのことを自責の念が多い人間かもしれないが、後悔するタイプでは決してないと評しています。それは当たっていると思いますか?

F:後悔する必要はどこにあるのでしょう? 後悔は、何かをしなかったことに対してするものです。私がピカソのもとを去ったのは、あらゆる努力をし、手を尽くしたからです。その結果、去ることにしました。安定した暮らしのためだけにピカソと暮らしていたわけではありません。

T:まったくその通りです。私は、この本のその部分が気に入っているのです。

F:人生において後悔しないことはとても大切だと思います。“後悔”は、行動を起こしておけばよかったと心残りに感じることを意味します。あれこれやった結果、こうでしたという方がはるかにいい。それが生きるということの意味です。その結果に対しては、なんとかして向き合おうとするだけ。

T:私よりはるかに長く生きてきたあなたがおっしゃるのだから、そうなんでしょうね。 

F:人生で最も大切なのは自分自身に素直になることです。さらに余裕があれば、ほかの人に対しても素直になればいい。

 

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