バーバラ・クルーガーというアーティストは、短いフレーズを使い、ゾクゾクするほど面白く、未来を予言するような作品を作る。彼女の作品は、何を意味しているのか―― 見わかりにくいが、そのメッセージは永遠に不滅だ。彼女の紡ぐ言葉は、政治スローガンと詩の間にある境界線を曖昧にし、アメリカの広告やメディアが使う言語をハイアートの地位まで押し上げた。彼女の作品は、インターネット・ミームに右往左往させられる私たちの真の姿を映す暗い鏡の役割を果たしている

BY MEGAN O’GRADY, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 私たちがある種の人々を偏向的に持ち上げようとして、それ以外の人をわざと過小評価するのを鋭いユーモアで批判してきた彼女。そんなクルーガーを聖別し、偉人特集記事に登場させるのは、彼女の趣旨に真っ向から反するのではないか? 彼女の作品で言えば「ヒーローはこれ以上必要ない」のだから。だが、私は、そこまで排他的でない、もっと別のやり方で偉大さを語れるはずだと思っている。私たちのカルチャーのヒーローは神話的な基準を満たしていなくてもいいのだ。

たとえば、実際のところ、私たちにはクリスティーン・ブラジー・フォードのようなヒーローがもっとたくさん必要だ。彼女は最高裁判事として承認される直前だったブレット・カバノーから、かつて性暴力を受けたことがあると米国議会の上院の委員会で証言した。17歳のダルネラ・フレイザーもそうだ。彼女はジョージ・フロイドが警官によって殺される光景を撮影した。警官に脅されながらも、撮影するのを決してやめなかった。私たちにとって彼女たちは、「偉人」とはこういうものだという基準のハードルを高く上げた存在だ。だからこそ、今こそ、約50年のキャリアを通して、私たちにカルチャーの中で権力がどう機能するかをもっと深く考えろと要求してきたアーティストを認識するのにふさわしいときだ、と私は思う。彼女は歴史と権威に対する私たちの概念の多くが、偏見と中身のない誇張でできていることについて、もっと真剣に考えるべきだと、その作品を通して訴えてきた。

「ああ、でも、私はすごくラッキーじゃない?」。クルーガーは、私がこの5月にハリウッドの自宅にいる彼女に電話したときにそう言った。「こんなふうに、あるレベルで何かを拒絶するということは、下手をすると簡単に上辺だけの謙遜に陥ってしまう可能性がある。だけどこれは噓の謙虚さじゃない。私とあなたが電話でこういう会話をしていることが、ものすごくラッキーだと思ってる。こんなことがまったく起きない可能性だってあるのだから。あなたが私の名前を知らないことだって十分あり得た。起こることはすべて、人生や境遇における悲劇的な偶然の選択の結果なのだから」。彼女は認識されることはうれしいとはっきり言った。ただ、彼女は単に、大げさな宣伝やプロモーションを信じていないのだ。「私はいつも言っているけれど、どんなアート作品も――それが映画であれ、建築であれ、絵画であれ、小説、その他何でも――記事に書かれているほど偉大でもなく、素晴らしくもないし、また逆に、書かれているほどひどくもつまらなくもない」。

彼女の2008年の作品《無題(不当に扱われて)》はLACMAのエレベーターに描かれたインスタレーションだ。おかしく無意味な言葉の羅列が展示され、アート批評で使われる言語を嘲笑している。この作品も、彼女の既存の作品の発展形だ。1980年代初頭に彼女が書いたテキストに触発されて《無題(この作品が描くもの)》というタイトルで、さまざまな形で展示されてきたが、彼女は今、シカゴ美術館でこの作品を垂れ幕として展示しようとしている。「この作品は、枠とそれによって囲われた空間の閉塞性について表現している」という言葉で作品が始まる。

 もし、彼女が作品を作るように文章を書くとするなら、彼女が作るアート作品は、彼女の人柄を表している。線の上に描かれた言葉を見ると、初めて見たような気がしない。その言葉は、彼女と対話する者に対し、頑なでありながらも、よい影響を与え、共感を寄せる。今、こんな奇妙な時代に生きる私たちはみな、彼女と対話をしていることに気づく。大学で働いている人の多くがそうであるように、彼女も数多くのZoom会議に延々と時間をとられている。「カメラはオフにしている」と彼女は乾いた口調で言う。「会議をこんなにやるのは、自分の死と向き合いたくない私たちが、気を紛らわすために設定した必死のあがきなのではないか」。彼女の声には不安がにじんでいて、それは私も同じだった。「数カ月前のことを思い出してみると、あの頃はレストランのテーブルで友人たちと一緒に座っていたり、買い物や用事で出かけていた。当時、世界がどんなに破壊されていて悲劇的だったとしても、私たちの今の生活を思えば、あの頃はまるで熱にうかされているときに見る夢のように、キラキラと光り輝いていた」とクルーガーは言う。

ロサンゼルスではCovid-19の新たな感染者の数が再びうなぎ登りで、旅行するのはあまりにも危険に思えたが、彼女はニューヨーク州ロングアイランドのスプリングスにある彼女の小さな別荘をずっと懐かしく思っていた。彼女はそこで夏の間、本を読んだり仕事をしたりして過ごすのが好きなのだ。彼女が1989年にこの別荘を買うまで、彼女の家族は誰ひとりとして家を購入したことがなかった。「あの別荘が私の命を救ってくれた。まるでThe Fresh Air Fund(註:ニューヨークの恵まれない環境で過ごす子どもたちに有意義な夏休み体験を無償で提供する非営利団体)のように」。その家は高床式で、配管はゴムホースでできている。「あの家がすごく恋しい。来年も壊れず無事であってくれるかどうかまったくわからないけれど」

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