気候変動が日に日に加速する世界。いま、コンテンポラリーアートの旗手たちが、不安な現状に立ち向かおうと行動を起こしている。それは作品としての発表であったり、社会にメッセージを発する活動であったりと多種多様だ。環境問題におけるアートの役割についての考察を3回にわたってお届けする

BY ZOС LESCAZE, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

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 環境破壊は、少なくとも産業革命以降、否定しようのない現実だ。にもかかわらず、芸術家が作品でこの問題を認めるようになったのは、ごく最近のことだった。ハドソン・リバー派と呼ばれた19世紀の画家たちは、心の中では生態系の崩壊を嘆いていたかもしれないが、描く作品においては、急速に消えつつある自然の風景を永遠に変わらないものとして、人間の影響などまったく受けない存在として表現していた。自然界を理想的かつ荘厳なものとして描くという着想を広めた画家のトマス・コールは、「こうした景色の美しさがあっというまに消え去っていくことに、悲しみを禁じ得ない──毎日のように斧(おの)による破壊行為が進められている──多くの場合、近代国家としては信じられないほどの節操のなさと野蛮さで、比類なき壮大さを誇っていた景色が荒廃させられていく」と述べた。コールが1826年に、初期の傑作と言われる《Falls of the Kaaterskill》でニューヨーク州キャッツキル山地のカータースキルの滝を描いたときには、ハドソン川に沿った一帯はすでに人気の観光地と化していて、柵のついた展望台もしっかり整備してあったのだ。ところがコールは、こうした邪魔な存在を絵の風景から排除したばかりか、ひとりたたずむネイティブアメリカンの姿を描き足して、手つかずの雄大な自然という印象を伝えている。

 明確に環境芸術と呼ばれるジャンル──地域または世界的な生態系に人間がもたらす脅威を表現した作品──が誕生したのは、1962年になってからのことだ。この年、生物学者のレイチェル・カーソンが『Silent Spring』(『沈黙の春』〈新潮社〉)を出版し、化学薬品の悪影響を広く知らしめたことで、環境汚染が喫緊の国家的問題となった。燃え上がる川、漏れ出した油、犠牲になる動物たちというイメージが2,000万人のアメリカ国民──当時の人口の10分の1に相当する──を動かし1970年4月22日に全米各地できれいな水と空気を求めるデモが開催された。環境汚染が深刻化していたテキサス州ポートアーサーで生まれ育った画家・造形作家のロバート・ラウシェンバーグは、石油精製所の鼻を突く臭いを嫌悪していた幼少期を思い、このデモに応える形で同年に一枚のポスターをデザインした。全米環境財団の慈善ポスターとして作られたこの作品は、《アースデイ》というタイトルで、一羽のハクトウワシ(註:アメリカの国鳥)を写した褪せた茶色の写真の周囲に、掘り返された地面、工場、廃品、絶滅に瀕したゴリラの白黒写真をコラージュしている。芸術家にとって、もはや自然は汚れなきタイムレスな姿で描くものではなくなり、代わりに、人間によって蹂躙(じゅうりん)されるかよわき存在として描くものになった。1974年には写真家のロバート・アダムスが『The New West』という写真集を出版している。掲載された写真は、いずれも人間の手が入ったことで変容したコロラドの風景だ。たとえば住宅地、小型のショッピングモール、都会や街の郊外に広がる売地など、自然と人工物がぶつかり、妥協しあった景色を切り取っている。同時期にランドアートという芸術形式も誕生した。ランドアートとは、自然の素材を用いた巨大な屋外芸術のことで、はっきりと環境保護主義の精神をこめたものもあった。有名なのはアグネス・ディーンズの活動だ。特に象徴的なプロジェクトとしては、1992年から1996年にかけて、フィンランドで森ひとつ分の植樹を行っている。

画像: ロバート・アダムスの1974年の写真集『The New West』に収められた一枚。自然環境を文明が少しずつ侵食している様子を浮き彫りにしている ROBERT ADAMS, “NEWLY COMPLETED TRACT HOUSE. COLORADO SPRINGS, COLORADO,” 1968 © ROBERT ADAMS, COURTESY OF FRAENKEL GALLERY, SAN FRANCISCO

ロバート・アダムスの1974年の写真集『The New West』に収められた一枚。自然環境を文明が少しずつ侵食している様子を浮き彫りにしている
ROBERT ADAMS, “NEWLY COMPLETED TRACT HOUSE. COLORADO SPRINGS, COLORADO,” 1968 © ROBERT ADAMS, COURTESY OF FRAENKEL GALLERY, SAN FRANCISCO

 最近では、危機そのものを作品のキャンバスとする例もある。造形作家メアリー・マッティングリーはコネチカットの農業中心の町で育ったが、そこでは飲み水が汚染されていた。彼女が着目するのは公共事業のあり方だ。公共事業の状態は往々にしてコミュニティ全体に影響を及ぼす。たとえばニューヨークでは1世紀前に定められた条例により、公有地で食料を採取することが禁じられているが、彼女はこの条例への反発から、一隻の荷船に水上菜園を造った。サウスブロンクスを含むニューヨーク近辺の港にこの船が停泊すると、食料品店への便利なアクセスをもたない住民が集まって、生鮮食品を好きなだけ確保する。科学者の予測では、気候変動のせいで大規模な穀物不作や食糧不足などの危機が到来すると考えられているので、このプロジェクトは現時点の食料アクセス問題を浮き彫りにすると同時に、未来の問題についても語っていると言える。

画像: メアリー・マッティングリーによる「Swale」(2017年)。荷船の上に造られた水上菜園 MARY MATTINGLY, “SWALE, A FLOATING FOOD FOREST ON THE EAST RIVER IN NYC,” 2017, SOIL, EDIBLE PLANTS AND WATER ON A STEEL DECK BARGE, COURTESY OF THE ARTIST AND CLOUDFACTORY

メアリー・マッティングリーによる「Swale」(2017年)。荷船の上に造られた水上菜園
MARY MATTINGLY, “SWALE, A FLOATING FOOD FOREST ON THE EAST RIVER IN NYC,” 2017, SOIL, EDIBLE PLANTS AND WATER ON A STEEL DECK BARGE, COURTESY OF THE ARTIST AND CLOUDFACTORY

 モンタナ州カリスペルにある醸造所跡地でも、マッティングリーの新しいアート・プロジェクト「Limnal Lacrimosa」(註:「陸水の涙」または「陸水のレクイエム」という意味。陸水とは、海以外のさまざまな自然界の水のこと)が展示中だ。醸造所の屋根の雪が少しずつ水となって室内に注ぎ込み、床に置かれたいくつもの涙壺へとしたたり落ちる。涙壺というのは、古代ローマで死者を悼んで流す涙を受け止めるために作られた器のことだ。雪解け水はあふれ、床にこぼれて、また汲み上げられる。マッティングリーいわく、水滴の落ちる音が響く空間で、「概念としての氷河期」が続いているのだ。寒い時期にはしたたるペースが遅くなり、暖かい時期には速くなる。同じくモンタナ州の北部にあるグレイシャー国立公園で見られる雪解けサイクルにインスパイアされて作られたこの作品は、モンタナ州という、「ニューヨークなら受け入れられる話題であっても、気候変動について語ることが必ずしも現実的ではない」土地において、地球温暖化について遠回しに語る手段なのだ。遠回しでも、ひとまず同じ土台に立つきっかけにはなる。「政治的な雰囲気はなるべく見せません」とマッティングリーは語る。「私がここを案内するときは、たいてい会話の終わりのほうで、雨と雪解けのサイクルがどれほど急速に変化しているかという話題を出します。その点は誰でも納得してくれるのです。けれど、私が気候変動について話し始めたり、『気候変動』という言葉を口に出したりしようものなら、もう明らかに不機嫌になっているのがわかります。そうした話をする気はないのですね」

画像: 同じくマッティングリーの「Limnal Lacrimosa」(2021年)。モンタナ州にある元醸造所の古い建物で、雪解け水と雨水を循環させている MARY MATTINGLY, “LIMNAL LACRIMOSA,” 2021, CERAMIC LACHRYMATORY VESSELS, WOOD, STONES, DRIP IRRIGATION AND WATER, COURTESY OF THE ARTIST AND ROBERT MANN GALLERY

同じくマッティングリーの「Limnal Lacrimosa」(2021年)。モンタナ州にある元醸造所の古い建物で、雪解け水と雨水を循環させている
MARY MATTINGLY, “LIMNAL LACRIMOSA,” 2021, CERAMIC LACHRYMATORY VESSELS, WOOD, STONES, DRIP IRRIGATION AND WATER, COURTESY OF THE ARTIST AND ROBERT MANN GALLERY

 マッティングリーのプロジェクトだけではない。こうしたアート作品は、気候変動に立ち向かうために必須の行動、すなわち他人同士が歩み寄り協力しあう関係を芽生えさせようとしている。手がける芸術家たちに共通しているのは、つねに自己検証をしている点だ──自分はアートを通じて環境危機対策にどう貢献できるのか、と考えている。画家のゲイリー・ヒュームは特に環境問題に関する絵を描いているわけではないのだが、2019年にニューヨークのマシューマークス・ギャラリーで展示会を開くことになったとき、ヒュームが居住地のひとつとしているロンドンから作品を輸送するのにどれだけの炭素排出を伴うか、調べてほしいとマネジャーに頼んだ。調査を引き受けた気候変動研究者のダニー・チヴァースが、船便ならば空輸と比べて温室効果ガスの排出量を96%抑えられると報告した。「それで何も不都合はなかった」とヒュームは語る。しかも、船便のほうが費用も大幅に安かった。「こんなことに長らく気づかなかった自分が恥ずかしくなった」

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