クリスチャン・ディオール社の創立70周年を記念し、2017年、パリ装飾芸術美術館で開催されて以降、世界各地を巡回してきた『クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ』展。12月21日、新たな展示物を加え開幕した東京展の見どころを紹介する

BY MASANOBU MATSUMOTO

画像: ジャン・コクトーはこう語ったーー「クリスチャン・ディオール、彼は我々の時代に生きる機知に富んだ天才であり、その魔法の名前には神(Diue)と黄金(or)が含まれている」 © DAICI ANO

ジャン・コクトーはこう語ったーー「クリスチャン・ディオール、彼は我々の時代に生きる機知に富んだ天才であり、その魔法の名前には神(Diue)と黄金(or)が含まれている」
© DAICI ANO

「(私がこのプロジェクトに関わって改めて実感したのは)クリスチャン・ディオールは、ファッション業界のなかでもっとも膨大な量のアーカイブを持つ偉大なメゾンだということです」。そう語るのは、ファッション史家で、『クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ』展のキュレーターを務めたフロランス・ミュラーだ。クリスチャン・ディオールの創立70年を記念して企画されたこの展覧会は、2017年のパリを皮切りに、ロンドン、上海、ニューヨークなど世界各都市を巡回。そして、待望の東京展が12月21日、東京都現代美術館で開幕した。

 中心となるのは、メゾンの創設者クリスチャン・ディオールからイヴ・サン=ローラン、マルク・ボアン、ジャンフランコ・フェレ、ジョン・ガリアーノ、ラフ・シモンズ、現クリエイティブ ディレクターのマリア・グラツィア・キウリに至るまで、歴代のクチュリエが手がけたオートクチュール、そしてデザイン画、写真などの資料。それらを東京展ならではの13のテーマのもとに展示し、ディオールの眩いヒストリーを回顧する。日本初公開となる作品も多く、またこれまでの巡回展にはない新たな展示品が加えられているのも特徴だ。

画像: クリスチャン・ディオールの代名詞「ニュールック」のセクション。歴代のクチュリエたちが「ニュールック」を再解釈して生み出した品々を見せる。手前の椅子は、吉岡徳仁による《メダリオン・オブ・ライト》。ディオールが1947年に行ったショーで顧客用に用意した、ルイ16世様式の楕円形の背もたれを持つ椅子《メダリオンチェア》を再解釈した作品で、2021年『ディオール メダリオンチェア』展で発表された PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

クリスチャン・ディオールの代名詞「ニュールック」のセクション。歴代のクチュリエたちが「ニュールック」を再解釈して生み出した品々を見せる。手前の椅子は、吉岡徳仁による《メダリオン・オブ・ライト》。ディオールが1947年に行ったショーで顧客用に用意した、ルイ16世様式の楕円形の背もたれを持つ椅子《メダリオンチェア》を再解釈した作品で、2021年『ディオール メダリオンチェア』展で発表された
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

「本展は、メゾンのもつさまざまな側面を改めて見せるとともに、ディオールと日本との間には特別なつながりがあることを示し出すものになっている」とクリエイティブ ディレクター、マリア・グラツィア・キウリ。キュレーターのミュラーは「ディオールのアーカイブのなかには、ディオールと日本の絆を物語る膨大な資料があり、またコレクションがありました。加えて、私たちは本展のために東京の関係者の協力を借りて、新たにリサーチも行ないました。特に(その成果である)『ディオールと日本』と題したセクションは、ぜひ日本の多くの方に見ていただいたいところです」と述べた。

画像: 「ディオールと日本」のセクションから、ジョン・ガリアーノによる2007年春夏オートクチュールコレクションで発表された、北斎の浮世絵をモチーフにしたコート PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

「ディオールと日本」のセクションから、ジョン・ガリアーノによる2007年春夏オートクチュールコレクションで発表された、北斎の浮世絵をモチーフにしたコート
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画像: 「ディオールと日本」のセクションから、手前の3体はマリア・グラツィア・キウリ、奥の1体はジョン・ガリアーノが手がけたドレス。空間デザインは、建築家の重松象平が担当。このセクションでは、骨組みに和紙を貼り付ける「ねぶた」の技法を採用し展示空間をつくりあげた PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

「ディオールと日本」のセクションから、手前の3体はマリア・グラツィア・キウリ、奥の1体はジョン・ガリアーノが手がけたドレス。空間デザインは、建築家の重松象平が担当。このセクションでは、骨組みに和紙を貼り付ける「ねぶた」の技法を採用し展示空間をつくりあげた
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

 ミュラー曰く、ディオールこそ、最初に日本に進出した西洋のファッションブランドだった。1947年に創立してまだ間もない1953年、鐘紡(カネボウ)、そして大丸とライセンス契約を締結。メゾンの型紙を用いて、日本人の体型に合う洋服を仕立てる権利を両者に認めた。同じく1953年には、東京で日本人モデルを起用したファッションショーを開催。翌年、日本のファブリックメーカー龍村美術織物の生地を使ったコレクションも発表した。そうしたなか、マダム マサコや田中千代など日本の女性デザイナーやジャーナリストがムッシュ ディオールと交流を持ち、日本にモードの風をもたらした。「西洋のデザイナーが日本で初めて何かを成し遂げる。それはディオールにとっても新しい冒険だったにちがいありません」とミュラー。「また、クリスチャン・ディオールは幼少期から日常的に美術品に囲まれて育ちましたが、実は、そこに喜多川歌麿の作品などもあったことは興味深いエピソードです」

 アート──それもまたクリスチャン・ディオールの重要なエッセンスだ。近年、プレタポルテのコレクションではアーティストとコラボレーションし、またアーティストや建築家とともにメゾンの名作バッグ「レディ ディオール」を再解釈するプロジェクト『ディオール レディ アート』も展開してきた。さらに言えば、クリスチャン・ディオールはもともとアートギャラリーの経営者で、特に若いシュルリアリストの作家たちをサポートした。本展の導入部では、マン・レイ(ムッシュ ディオールはマン・レイの映画の衣装などを手がけた)やシュルリアリストの女性作家レオニール・フィニ(2018年、マリア・グラツィア・キウリが手がけたオートクチュールコレクションのアイデアソースになった)の作品を展示し、また1つのセクションを使って『ディオール レディ アート』の品々も大々的に見せる。また、ディオールのコレクションと対話・共鳴するように、会場のいたるところに、東京都現代美術館の収蔵作品が展示されているのも面白い。

画像: 高木由利子の写真作品。「オートクチュールの衣服を撮影するのは初めて。服に時間とエモーションが封じ込めているのを感じました」と高木 PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

高木由利子の写真作品。「オートクチュールの衣服を撮影するのは初めて。服に時間とエモーションが封じ込めているのを感じました」と高木
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO

 会場を彩るアートピースのなかで、高木由利子の写真作品は特別な存在感を放つ。高木は、グラフィックデザイン、ファッションデザインを学んだのち、独自の視点から衣服や身体をテーマに“人の存在”を撮影してきた国際的な写真家だ。今回の作品は、本展のために、ディオールのアーカイブピースをモデルやマネキンに着用させて撮ったもの。マネキンの顔には事前に撮影した花の写真を配置し、モデルには一輪の花を持たせた。「ヘリテージのなかには、古く壊れやすいアイテムも多くあり、半分以上はマネキンを使わざるをえませんでした。そこで考えたのは、花でモデルとマネキンの写真をつなぐというアイデア。これは、ムッシュ ディオールへのオマージュでもあります」

画像: 高木由利子の写真作品 © DAICI ANO

高木由利子の写真作品
© DAICI ANO

画像: (左)「ミス ディオールの庭」のセクションの展示風景。切り絵の造形は、作家の柴田あゆみが手がけた (右)ディオールの名作バッグ「レディ ディオール」をアーティストや建築家とコラボレーションしプロジェクト『ディオール レディ アート』の品々も並ぶ © DAICI ANO

(左)「ミス ディオールの庭」のセクションの展示風景。切り絵の造形は、作家の柴田あゆみが手がけた
(右)ディオールの名作バッグ「レディ ディオール」をアーティストや建築家とコラボレーションしプロジェクト『ディオール レディ アート』の品々も並ぶ
© DAICI ANO

 事実、花はクリスチャン・ディオールに夢を与えるものだった。幼少期、母と一緒に庭づくりに熱中し、園芸カタログに夢中になった。モネなどの印象派の画家たちと同じように、自身の庭園でデザイン画を描くこともあったようだ。1949年にディオールが発表した「ミス ディオール」は、無数の花が刺繍で表現された壮麗なドレスで、歴代のクチュリエたちは、それを再解釈し、また植物や花のモチーフをさまざまなかたちでコレクションに取り入れて来た。本展のハイライトのひとつ「ミス ディオールの庭」のセクションでは、日本庭園をモチーフに、また壁から天井まで切り絵の花に覆われた展示空間に、そうしたクリエイションが華やぐように並べられている。

画像: ドレスやアクセサリー、帽子、ジュエリー、香水、またオートクチュールのアトリエが手がけたミニチュアのドレスなどを、メゾンの基調となる色ごとに、虹のように配置した「コロラマ」のセクション。ルネ・グリュオーやマッツ・グスタフソンの絵画も並ぶ © DAICI ANO

ドレスやアクセサリー、帽子、ジュエリー、香水、またオートクチュールのアトリエが手がけたミニチュアのドレスなどを、メゾンの基調となる色ごとに、虹のように配置した「コロラマ」のセクション。ルネ・グリュオーやマッツ・グスタフソンの絵画も並ぶ
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画像: 「ニュールック」のセクションから。左は、1947年2月、クリスチャン・ディオールが最初のコレクションで発表した“バー”ジャケットとプリーツスカート © DAICI ANO

「ニュールック」のセクションから。左は、1947年2月、クリスチャン・ディオールが最初のコレクションで発表した“バー”ジャケットとプリーツスカート
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 1947年2月、クリスチャン・ディオールが最初に発表したコレクションは、「ニュールック」と呼ばれ、ファッション界に革命をもたらした。特にウエストをキュッと絞った“バー”ジャケットとプリーツをたっぷりあしらったロングスカートのルックは「コーラル(花冠)ライン」の名でも知られるが、会場に展示された実物は、たしかに花のように見えた。1947年当時、市民に流行していたのは、軍服のような四角形シルエットの衣服。ディオールは、そこに第二次世界大戦によって失われた「エレガンス」を夢見て、花のような曲線的で優美なシルエットを提案したのだった。それが革命となったのは、同時代に生きる人々が、みな同じ夢を見ていたからに違いない。クリスチャン・ディオールの夢。それは歴代のクチュリエたちに引き継がれ、またファッションを愛するものを今も夢の世界へと誘う。本展を包み込むのは、そういったムッシュ ディオールがかけたとけない夢の魔法なのである。

『クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ』
会期:〜2023年5月28日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F
住所:東京都江東区三好4-1-1
開館時間:10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(1月2日、1月9日は開館)および12月28日〜1月1日、1月10日
観覧料:一般 ¥2,000、大学・専門学校生・65 歳以上 ¥,300、高校生以下無料
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
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