アルプスの美を体現するべく、緑豊かな西洋風の町となった軽井沢。この森の中に散見される、斬新なデザインの別荘建築の魅力を総覧する

BY HANYA YANAGIHARA, PHOTOGRAPHS BY MIKAEL OLSSON, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 建築のデザイン性を重視する日本には、見たこともないような独創的な作品や実験的な建築を高く評価してきた歴史がある。緑豊かな軽井沢の森にたたずむ、まるで別世界からやってきたようなユニークな建築作品を前・後編の2回にわたり紹介する。

前編はこちら>>

 一方で軽井沢が「建築の実験場」になることで、逆に、日本が建築のデザイン性を重視して、今まで見たこともないような独創的な作品、奇妙な作品、実験的な作品を高く評価してきた歴史が忘れられてしまう懸念がある。西洋人が抱く「不思議な国、日本」というお決まりのイメージ―個性的な凝ったストリートファッションを着こなすティーンエイジャー、ロボットやモンスターの格好をしたウェイターがいるカフェ、巨大なパフェ―に日本文化の特殊性が表れているのではない。

奇妙なことを受け入れ、目新しさを恐れず、新たな世界を見せてくれるような刺激的なことを楽しむ。そういうものに対して斜に構えることなく、素直に感動する日本人。そういう精神こそ日本の特異な国民性なのだ。おそらく、日本には他国よりも見た目を重視する文化があるからではないか。

画像: サンディエゴの建築家ケンドリック・バングス・ケロッグによって1980年代後半に星野エリアに建てられた有機的モダニズムの「石の教会内村鑑三記念堂」

サンディエゴの建築家ケンドリック・バングス・ケロッグによって1980年代後半に星野エリアに建てられた有機的モダニズムの「石の教会内村鑑三記念堂」

画像: コンクリートのアーチがドミノ倒しのように傾いて連なり、垂直なアーチはひとつもない。中に入ると石を積み上げた壁で囲まれた荘厳な世界が広がる

コンクリートのアーチがドミノ倒しのように傾いて連なり、垂直なアーチはひとつもない。中に入ると石を積み上げた壁で囲まれた荘厳な世界が広がる

日本人にとって見ることは生活の体験の一部というだけでなく、生活そのものなのだ。料理は舌で味わうだけでなく、目で楽しむものでもある。円錐型のお香は確かに香りを楽しむものだが、まずその形に目を奪われる。別の言い方をすれば、自分の中にあるものを何かの形にして表現することと自分を主張することの違いだ。

後者は米国人が価値をおく、自由に発言したり、行動したり、ふるまう権利。前者は日本人のモノの見方で、ある種の逸脱を許容する寛容さがある。つまり、日本文化のマナーやエチケットに従っている限り、誰でも好きなように自分を表現することができる。日本人にとって“社会”は“個人”を超えた存在である。だが、少なくとも外面的には、“個人”は自分自身の選択によってつくられる自分だけのものだ。

画像: ミニマリズムを体現したようなエントランス。急な斜面にめり込んでいるように見える。室内からパノラマのような景色が望めるとは想像もつかない

ミニマリズムを体現したようなエントランス。急な斜面にめり込んでいるように見える。室内からパノラマのような景色が望めるとは想像もつかない

 家についても同じことがいえる。軽井沢は富裕層が集まる町だが、別荘が富そのものを同じように表現しているわけではない。美しいものやめったにないものを作るためには喜んでお金を使うと言わんばかりに、それぞれの別荘は斬新かつ個性的で似通ったところはまるでない。さらに注目すべきは、こうしたモダニズムの別荘はどれも独特なデザイン性を備えているが、同時に非常にシンプルで控えめでもあることだ。最も古い別荘は、日本が歴史に残る目覚ましいインフラ整備や戦後の本格的な経済復興に乗り出した1960年代初頭に建てられている。

どの別荘も周囲の景観や環境に配慮して、なかには文字どおり「自然を映し出した」ものもある。(自然との調和を目指したフランク・ロイド・ライトが設計した建物でさえ、これほどエレガントに自然に溶け込んではいなかった)。こういった意味では、軽井沢の別荘はモダニズム建築とはいえないだろう。

画像: TNAによるくさび型の「壇の家」。鋼板張りの木造。上段のリビングの窓は床から天井まであり、眺めは最高

TNAによるくさび型の「壇の家」。鋼板張りの木造。上段のリビングの窓は床から天井まであり、眺めは最高

だが、森や丘の斜面、木々などの自然と見事に調和している。建築素材は今世紀のものかもしれないが、その精神は日本古来の宗教として生活に根づいた神道の価値観に由来する。「石や木、花、万物には神が宿る。社会は個人を超える存在である」。

軽井沢の社会とは人ではなく、木々や岩で構成される自然だ。一見すると常識を覆すような考え方は、実は大いなる自然への敬意にほかならない。軽井沢は建築が無限の可能性を秘めていることに気づかせてくれる町だ。大地を見下ろせる窓は、「建物は人を大地から切り離すのではなく、人を大地に返してくれるものだ」と教えてくれる。

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