建築家の伊東豊雄が毎月のように足を運ぶ島がある。瀬戸内海の大三島は人口約6,000人の美しく穏やかな島。伊東は建築、そして人々の暮らしの未来の可能性がこの島にあると考えている

BY JUN ISHIDA, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI

 うだるような暑さの8月頭、建築家の伊東豊雄は瀬戸内海の大三島(おおみしま)にいた。島に残る唯一の高校のオープンキャンパスで講演を行うためだが、なぜ建築家が廃校の危機にある高校の生徒募集に協力するのか? それだけではない。伊東はこの島で初となるワイン造りのプロジェクトを立ち上げ、農産物の販路開拓やパッケージの提案まで行なっている。もはや建築家の職能の範疇を超えたものにも思えるが、伊東はそうは考えない。彼はこうした活動の先に、未来の建築家像はあるとみているのだ。

画像: 大三島に建つ〈今治市伊東豊雄建築ミュージアム〉。 《スティールハット》という多面体を積み重ねたこの建物では、伊東が主宰する建築塾の活動を発信する。現在は、大三島に移住した人々が取り組む新たな活動なども伝える『聖地・大三島を護る=創る』展を開催中 ほかの写真をみる

大三島に建つ〈今治市伊東豊雄建築ミュージアム〉。
《スティールハット》という多面体を積み重ねたこの建物では、伊東が主宰する建築塾の活動を発信する。現在は、大三島に移住した人々が取り組む新たな活動なども伝える『聖地・大三島を護る=創る』展を開催中
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 伊東はかねてから都市を中心とした建築教育に疑問を抱き、若い建築家たちとこれからの建築のあり方を考える場を持ちたいと考えていた。彼と大三島のつながりは、島にある「ところミュージアム大三島」のオーナーが、伊東にアネックスの設計を依頼したところから始まる。伊東の構想を聞いたオーナーは、アネックスを伊東の美術館とし、そこを新しい建築教育の拠点とすることを提案。これを受けて伊東は美術館を設計し、並行して東京では、子どもと社会人を対象とした建築塾「NPOこれからの建築を考える伊東建築塾」を設立する。建築の未来は都市よりも地方にあると考える伊東は、大三島をモデルケースとしながら、地方において建築家に何ができるのかを塾生とともに探求することにしたのである。

「私自身もそうでしたが、建築を考えることとは都市を考えることと教えられてきました。その結果、都市以外のことは考えられなくなってしまった。しかし、たび重なる開発で都市が行き詰まってしまった今は、地方に目を向け、地方と都市がどうつながってゆくかを考えることが重要です。箱を作るだけではなくて、地域でどう暮らすか、地域と都会をどう結んでゆくか、そうしたことを考えるのがこれからの建築家の役目だと思うのです」

画像: 《スティールハット》のテラスから瀬戸内海を見つめる伊東 ほかの写真をみる

《スティールハット》のテラスから瀬戸内海を見つめる伊東
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画像: 《スティールハット》の隣には、伊東の初期作品であり住まいでもあった《シルバーハット》を再現。ワークショップなどを行う場として活用している ほかの写真をみる

《スティールハット》の隣には、伊東の初期作品であり住まいでもあった《シルバーハット》を再現。ワークショップなどを行う場として活用している
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 伊東建築塾の大三島での活動は、島を訪れ、土地や人々を知ることからスタートした。大三島は尾道と今治を結ぶしまなみ海道沿いにある島だ。愛媛県の島の中では最も大きい面積を有し、人口は約6,000人。日本総鎮守と呼ばれる大山祇(おおやまづみ)神社があることから「神の島」とも呼ばれ、ほかの瀬戸内の島々とは異なり大規模な開発が行われることもなく、農業を中心としたこの島独自ののどかな風景が保たれてきた。
「大三島に来ると、ものすごく気に入って島に入れ込む塾生が多いんですよ。この島のゆったりしたリズムが快いそうで、移住した人もいます」と伊東はうれしげに言う。「私はといえば毎日の出来事に明け暮れていて、のんびり暮らしたいと思う暇もない。若者たちが解放されている姿を見て、逆に感化されたほどです」

 しかし島に通うにつれ、美しい自然豊かな場所ではあるが、過疎化や高齢化といった地方特有の問題もあることが浮かび上がってきた。
「島の人々はこの状態がいちばん平和だと思っているので、変えないでほしいという人ももちろんいます。しかし、高齢者の人口比率は年ごとに増えてゆき、若い人は島を離れてしまう。平和だと思っているうちに自然消滅しかねない危機がある。こうした島がいつまでもきれいに元気でいるために、移住してきた人たちと一緒になって、ここで“明日のライフスタイル”を発見できたら、という気持ちが強くなりました」

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