グルメ食材店「DEAN & DELUCA」を生み、そのムダのない美学によって米国のキッチンのありようを根底から変えてしまった男がいる。彼は今、実用的でありながらロマンティックな海辺の家で暮らしている

BY KURT SOLLER, PHOTOGRAPHS BY BLAINE DAVIS, PRODUCED BY COLIN KING, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 こういったダイニング・スペースとしての体裁以外にこの部屋にあるものといえば、高さ6mの天井に届きそうな樹齢20年のシダの巨木、鉄製のずんぐりとした薪ストーブ、デンマークのクヴァドラ社のテキスタイルを張ったヴィンテージの椅子、何年もかけて買い集めた工芸品(椰子の木でできたヴィクトリア朝の台、何十年も前にガレージセールで買った木彫りの象の置物など)くらいだ。

ふたりは時折、地下室に収納しているコレクション――モダニズムからエドワード7世時代、ヴィクトリア朝の作品まで――の中から、部屋に置くアイテムを入れ替える。こうして細部までこだわり抜いたインテリアとは対照的に、広さ約8,000㎡を超える庭は野生に近い状態にしてあるので、キスゲを食べにシカたちが好き勝手に集まってくる。彼らに踏みならされたおかげで風通しがよくなったところに、シダの明るい緑色の葉が絶え間なくなびいている。

 イーストハンプトンにあるものの、この家は「ハンプトン・スタイル」と呼ばれるリラックスしたリゾートテイストとは常に歩調を異にしてきた。そもそもセグリックとディーンがこの地にたどりついたのは、長いあいだゲイの楽園であり続けたファイアー・アイランド・パインズが、HIV/エイズに対する不安と偏見を住民が募らせたために悪夢のような場所に変貌してしまったからだ。しかし感傷的ではないクリーンな雰囲気をまとったハンプトンの住宅地には、年々ここを愛する住人が増えていった。

画像: リビングには、カバーをかけたエドワード7世時代の椅子と、1940年代のフランス製のひじ掛け椅子が、ライス社の薪ストーブのそばに置かれている。ランプは1970年代のもので、デザインはそれぞれドイツのリチャード・サッパーとインゴ・マウラー

リビングには、カバーをかけたエドワード7世時代の椅子と、1940年代のフランス製のひじ掛け椅子が、ライス社の薪ストーブのそばに置かれている。ランプは1970年代のもので、デザインはそれぞれドイツのリチャード・サッパーとインゴ・マウラー

近所に住むクリエイティブな資産家たちは、セグリックをデザイナーとして雇い、ハンプトンにいながらにして精神的には遠く離れているような気分を味わえるよう、自宅や別荘を設計してもらった。たとえばブリッジハンプトンでは、映画監督のジョー・マンテロ、脚本家のジョン・ロビン・ベイツ、俳優のロン・リフキン、ケン・オーリン、パトリシア・ウェティグといったハリウッドの大物5人のために、セグリックはひとまとまりの邸宅を設計した。薄墨色のコンテナのような彼らの家は、まるで巨大なレゴブロックのようにつながっている。

 ムダをそぎ落としたシンプルな空間においては、アートと生活は別々にしておいたほうがうまくいくというのがセグリックの信念だ。彼の家のテラスの裏にある通路を進むと、ブルーグレーの建物がもうひとつある。その穴蔵のような、93㎡ほどの小屋の正面にはガレージ用のドアがついている。フェルナンデス=カステレイロとふたりで5年前に建てたもので、セグリックはここで日々、等身大の肖像画を描いている。彼がニューヨークでの駆け出し時代から取り組んでいるテーマであり、その一連の作品は、もうひとりのハイテク・ムーブメントの英雄、現代美術家のロバート・ロンゴのポートレート作品に通じるものがある。最近の作品は、セグリックが自分で撮影したスナップ写真をベースにして、大きな紙(約183cm×122cm)にクレヨン状のオイル塗料で描いたものだ。被写体は20代の若者で、一心不乱に手もとのスマートフォンに見入っている様子を捉えている。

ロングアイランドの自宅にいないときは、ふたりはマンハッタンの五番街の南にある、自宅と同じくらい整然としたアパートメントで過ごしている。セグリックは地下鉄に乗っているとき、あるいは病院の待合室にいるときなど、街を散策しながら被写体を見つけてはこっそり写真を撮っている。どの人もスマホでメッセージを打つのに没頭していて、セグリックが観察していることには気づかない。現代のカルチャーは、私たちの暮らしに深く浸透したこの小さな機械を中心にシフトしているのだ。それは間違いなく、かつて「DEAN & DELUCA」が食文化に革命をもたらした流れと同じ類いの熱狂的なパワーであり、私たちの生活空間を永久的に変えてしまった。だがセグリックはもう一度、こうした新しいテクノロジーがもたらす窮屈さを、何か好ましいものに転換するという道を選んだ。それがすなわち、アートなのだ。

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