建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞した磯崎 新。磯崎なくして今の現代建築はなかったと言わしめるラディカルな先駆者が建築界にもたらした“事件”とは?

BY JUN ISHIDA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI HOMMA

 磯崎は、新しい才能を見抜く目利きとしても知られる。現代建築界をリードするレム・コールハースや故ザハ・ハディドなども、コンペで磯崎に選ばれ、その代表作となる建築物を作る機会を与えられた。石上純也もまたその一人で、磯崎が審査員を務めた2010年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で企画部門金獅子賞を受賞した。時代の風を読む磯崎の嗅覚の鋭さについて、石上は次のように述べる。「磯崎さんがザハやレムの案を選んだ頃と今ではコンペの概念がまったく異なります。磯崎さんが選ぶ作品はその時代を反映し、結果として歴史に残るものになる。コンペは本来もちろんそういうものですが、その当時のコンペは磯崎さんがいることによって、建築の可能性を広げるとても重要な実験的フィールドになっていたと思う」

 フランス在住の建築家、田根 剛はプリツカー賞授賞式で初めて磯崎との対面を果たした。田根は磯崎を、現代建築を切り開いた人物と言う。「近代という時代を抜け出して、現代に向かう切り替えを、自らの建築やコンペの審査、国際会議、著書などを通じていち早くグローバルに行なったのが磯崎さんです。磯崎さんがいなければ現代建築はこれほどまで飛躍できなかったのではないでしょうか」。また田根は磯崎が建築界に起こしてきた“事件性”にも注目する。「歴史をつくるには二つの方法があります。一つは権威が持つ大きな力によって歴史をつくる。もうひとつは事件を起こす。磯崎さんは建築の事件を起こすことで歴史をつくってきました。メタボリズムや新都市を構想し、国際コンペで無名の建築家を一躍表舞台に引き上げる。事件を起こすことで、建築によって建築界を前進させ続けました」

画像: ヴェルサイユ宮殿で開催されたプリツカー賞授賞式でスピーチを行う磯崎新。隣に写るのは、ジェイ・プリツカーの息子、トム・プリツカー。授賞式には、国内外の建築家やクライアントが集まった

ヴェルサイユ宮殿で開催されたプリツカー賞授賞式でスピーチを行う磯崎新。隣に写るのは、ジェイ・プリツカーの息子、トム・プリツカー。授賞式には、国内外の建築家やクライアントが集まった

 プリツカー賞のスピーチを、磯崎は「アーキテクチュアとは何か?」という問いで締めた。「プリツカー賞を設立した初期は、“architecture is art”、芸術としての建築といえば納得されました。しかし20世紀の終わりに社会的・文化的な変わり目が訪れ、アートは中身が変わりました。もはやアートはないという人もいます。ではアーキテクチュアとは何か? アーキテクチュアそのものの意味は広がり、国家から都市、住宅、社会情報システム、国家戦略に至るまでを設計するものが、アーキテクトとされる。この時代は建築のターニングポイントです。こういうときにこの賞を受賞することは、感無量であります」。磯崎新というアーキテクトもまた、時代とともに変化し、拡張しつづける。

画像: 大分市美術館で開催の[磯崎新の謎]展の展示風景。過去に手がけたインスタレーションや都市計画が主に 展示されている。写真は、1976年にNYのクーパー・ヒューイット 国立デザイン博物館で、ハンス・ホラインとともにキュレーションした展覧会『MAN TransFORMS』で発表した作品を再制作したもの ≪エンジェル・ケージ≫(1976/2019)from MAN TransFORMS(1976-77, N.Y.)

大分市美術館で開催の[磯崎新の謎]展の展示風景。過去に手がけたインスタレーションや都市計画が主に 展示されている。写真は、1976年にNYのクーパー・ヒューイット 国立デザイン博物館で、ハンス・ホラインとともにキュレーションした展覧会『MAN TransFORMS』で発表した作品を再制作したもの
≪エンジェル・ケージ≫(1976/2019)from MAN TransFORMS(1976-77, N.Y.)

[磯崎新の謎]展
会期:〜11月24日(日)
会場:大分市美術館
住所:大分県大分市大字上野865番地
開館時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝日・休日の場合はその翌日)
※ 第1月曜日は開館し、翌日の火曜日が休館(ただし、特別展会期中の火曜日は開館)
電話:097(554)5800
公式サイト

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