建築家としてのキャリアの大部分を、人道的な目的に使われるシェルターの開発に費やしてきた人物がいる。彼はまた、建築という分野の優先順位をも塗り替え、災害が絶えない私たちの時代の課題を緊急に解決する手段として、自身の建築を役立ててきた

BY NIKIL SAVAL, PORTRAIT BY NOBUYOSHI ARAKI, ARCHITECTURE PHOTOGRAPHS BY BENJAMIN HOSKING, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 坂がデザインした富士山世界遺産センターを私が訪れたのは初夏で、その日は激しく雨が降っており、いつもならはっきり見えるはずの富士山が見えなかった(17世紀に松尾芭蕉が、「霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き」と詠んだ有名な一句がある)。このセンターと、坂が造るほかの作品の傾向や趣向とを比べてみると、驚きを感じる。まず、建物の中心に、逆さになった巨大な「山」がある。これが何を意味しているのかは明確だろう。坂は、現代建築にはつきもののモニュメント的な象徴主義を極力排除してきた建築家だけに、ほかの作品ではこんな表現はしないはずだ。だが、円錐型の構造を覆うヒノキ材でできた格子を見ていると、そこにはフラーの構造への情熱の継承があり、心と身体に訴えかけてくる素材を好む新しいモダニズムが息づいているのがわかる。

画像: 坂が設計した、静岡県の富士山世界遺産センター。2017年にオープンした。逆さ富士を思わせる構造で最も目立っている素材は地元原産のヒノキ材

坂が設計した、静岡県の富士山世界遺産センター。2017年にオープンした。逆さ富士を思わせる構造で最も目立っている素材は地元原産のヒノキ材

 批評家たちは坂のシェルター建築を好み、通常、彼の住宅作品には興味を示さない。だが、そんな住宅のひとつひとつが、今も続く彼の実験の過程なのだ。坂は長年、住宅に不可欠だと考えられていた要素を取り除いたり、足したりを試してきた。

 1995年に彼は「カーテンウォールの家」を東京に造った。屋根から特大のカーテンを吊るし、文字どおり家を布で包んでしまうのだ。また1997年には長野県の高台に、窓の仕切りや壁を取り払った箱のような「壁のない家」を建てた。部屋を仕切るのにスライドするパネルを使い、究極のオープンフロアのデザインを実現した。坂はこれらを「私のケース・スタディ・ハウス」と呼んだ。「何か実験的なものを造りたかった」と彼は言う。「壁のない家、カーテンウォールの家、紙の家。当時造ったひとつひとつの家に、それぞれ違ったテーマがある」

画像: 東京の「カーテンウォールの家」(1995年) HIROYUKI HIRAI

東京の「カーテンウォールの家」(1995年)
HIROYUKI HIRAI

 彼がシェルター建築を手がけるようになったきっかけは、1994年にザイール(現在のコンゴ共和国)でルワンダ人の難民たちが暮らす仮設施設を見たことだった。当時、国連難民高等弁務官事務所はビニールシートとアルミニウムの支柱を難民たちに支給していたが、多くの人々はアルミニウムを売って換金してしまい、テントを支えるために近くの森林から木を切り出し、結果的に森林破壊が起きてしまった。

坂は国連難民高等弁務官事務所に何度か手紙を書き、ジュネーブに飛んだ。そこで彼は組織の首席サイト・プランナーのヴォルフガング・ノイマンに出会った。ノイマンは、紙管を使ってシェルターを造るという坂のアイデアに興味をもち、彼をコンサルタントとして雇った。彼の案はのちにルワンダ北部の難民キャンプで実際に採用された。坂が最初に紙管を災害支援プロジェクトに使った場所は、阪神・淡路大震災で6,000人以上の死者が出た神戸だった。被災者のために、約16m²の面積の小さな住宅をいくつも造った。坂によれば、シェルターひとつあたりの建設材料費は約2,300ドル、施工時間は一日だったという。主にボランティアによって、数週間で約30戸が建てられた。

画像: 1995年の地震で家を失った人々のための、神戸の仮設住宅「紙のログハウス」 TAKANOBU SAKUMA

1995年の地震で家を失った人々のための、神戸の仮設住宅「紙のログハウス」
TAKANOBU SAKUMA

 これらのシェルターは神戸で4年ほど使われたあと、解体され、リサイクルされた。だが同じく坂がデザインし、再生紙で建てられた市内の教会とコミュニティセンターは10年間継続して使われ、彼の作品の耐久性が証明された。また2011年、東日本大震災と津波が起きたあと、彼は東北地方沿岸の女川(おながわ)町で船舶用の輸送コンテナを使って189戸の小さな住宅を建てた。さらに「紙のログハウス」(神戸にも設置された)の土台には、ビール用のケースに砂袋を入れて重しにした。坂は極力“地元の材料”に頼り、現地で手に入る、安価で、使用後にゴミにならないような素材を使用している。

 これらの建物は現場で、NGO「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク」のスタッフによって速やかに建設される。この団体は坂が地元の学生やボランティアの助けを得て、1995年に立ち上げた。当初、ボランティアたちへの報酬は寄付金や坂自身の収入から支払われていたが、現在はプロジェクトによっては公的資金を得られるようになってきた。だが、彼はコストの高い建築プロジェクトの依頼を受けると、支援にも使えそうな新しいアイデアをしばしば現場で試してみる。富裕層のための建築に、あえて安価な材料をあれこれ使ってみて、いざというとき、すべてを失った被災者たちのためにその素材を活用するのだ。

画像: 「紙の教会」。1995年、同じく神戸に建てられ、2008年に台湾に移築(写真は台湾) AFYEN HSIN-CHU

「紙の教会」。1995年、同じく神戸に建てられ、2008年に台湾に移築(写真は台湾)
AFYEN HSIN-CHU

 そんなふうに彼は自身のキャリアを通して、紙やその他の安価でサスティナブルで再生可能な材料は、これまで建築界で一般的に使われてきた材料と比べても耐久性に問題がなく、被災者のためのシェルターばかりでなく、実際に美術館のファサードや別荘に使うのに適していることを示してきた。それはある意味、政治的な行動でもある。つまり、階級や経済格差やその他の垣根を崩して平等にしようとする動きであり、それはあらゆる建築家にとって悪夢といえるからだ。だがもちろん、これらの素材も今やブランドになった。「素材と構造を開発するのは私にとって大事なことだ。自分のスタイルを作り出すために」と彼は言う。彼のオフィスで話をしていたときも、私たちが座っていた椅子は紙管でできていた。

 坂は同情や怒りの感情を見せることがない。彼は通常、自分の人道的支援を説明するのに、人助けの衝動よりもむしろ、資源を無駄にすることへの恐怖を口にする。それは彼がシビアに実利を追求する建築の分野の最先端を走っている、ということでもある。今また、彼は仮設施設の範囲を超えて人道支援を広げようとしている。インド南東部のアーンドラ・プラデーシュ州政府と協力して、新しい首都のアマラーヴァティーの住宅建設に取り組んでいるところだ。数階建ての建物のため、紙管は恐らく適切ではないだろう(彼が考えているのはファイバーグラス製のスチレンボードだ)。

だが、今後も災害のことが彼の頭から離れることはない。彼はより大規模な都市開発を通して、災害支援に備える都市づくりを行っていると話した。日本では今後も必ず地震が起きるだろうし、彼は特に言及しなかったが、気候変動が引き金となるさまざまな災害が起きることも予測できる。

「21世紀初頭の今こそが、サスティナビリティと災害支援の方向に舵を切る大きな分岐点だ」と彼は言う。「それは今世紀のメインテーマであり続けるだろう」。モダニズム主義全盛だった時代から確実に月日は流れた。「当時の人々はユートピアがいつか実現すると信じていた。でも、私たちはそれが真実ではないことを知っている。ユートピアなど存在しないということを」

 慎重に言葉を選んで話す坂が、そんなセオリーどおりの発言をするのは稀だった。モダニズム主義者のユートピアを探す旅は終焉を迎え、今、私たちは少なくとも厳しい現実に直面しながら生きている。それはわざわざ日本に行かなくとも、私がいま生活している場所でも実感できる。そうでなければ、坂が彼の使命に打ち込む理由も、坂が長年向き合ってきたような惨事に立ち向かおうという政治的な意思が世界中に広がりつつあることも説明がつかない。

坂の行動に感銘を受けた建築家たちが、彼ら自身の社会的責任を自覚したり再認識するだけでなく、たとえばブルタリズム建築の福祉住宅が解体されたり、旧ユーゴスラビア建築の新たな展覧会が開かれたりするたびに、私たち自身もまた思い出す。最も悲惨だった戦争で焦土と化した場所から、社会も建築家もプランナーも全員が力を合わせて立ち上がったのが、そう遠くない過去だということを。そしてそのとき、全員が力を合わせて、貧しく助けが必要で無防備な人々に手を差し伸べたということを。

 坂は“普通”の建物を造り続けながら、あるとき、普通でない状況で生活している人々がたくさんいることに気づき、それを何とかするために自分の時間を、少なくともその一部を費やすようになった。今後、彼と同じこと、または彼以上のことをやる人間が何人出てくるのかはわからない。富士山世界遺産センターの一角にある標識には、富士山は現在も活火山であるということが、旅行者向けに書かれていた。あとになって私は気づいた。それは脅威であると同時に、吉報でもあると。

 

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