プライベートとパブリック、内と外、建築と自然といった相反する要素の関係性を探りつづけてきた藤本壮介。彼は現代建築界の傑出したコンセプチュアルアーティストだ

BY NIKIL SAVAL, PHOTOGRAPHS BY BENJAMIN HOSKING, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

 この治療施設の設計は次のステップへの土台となり、藤本は国内で数多くの住宅設計を手がけるようになった。近年の住宅建築のなかでも際立った、数々のユニークな家を生んできたが、そのひとつが2008年に完成した大分県の《House N》だ。彼が初期に探求した「入れ子構造」の建築である。

画像: 大分県の《House N》(2008年竣工)の庭。藤本は斬新な発想の建築家として広く知られている

大分県の《House N》(2008年竣工)の庭。藤本は斬新な発想の建築家として広く知られている

 ダイニングルームは、キッチンなどを含む箱で囲われ、その周りは庭の箱で囲われている。どの箱にも開口部があり、入れ子の中心にある〈家〉の壁のあちこちにも大きな穴があいたように窓が並んでいる。それは普通の一軒家にある等間隔で並んだ窓とは違い、長方形を引き伸ばしたようなフォルムだ。開放感が特徴ではあるが、ミース・ファン・デル・ローエによる、週末の別荘《ファンズワース邸》(1951年)とは趣向が異なる。シカゴ郊外にあるミースのワンルームハウスは全面ガラス張りで中が丸見えだが、藤本のこの家は、重なり合った窓から見える庭のおかげで、自然と共生できる仕組みになっている。この斬新な構造には、住宅の従来の機能を刷新しようとする意気込みが映し出されている。

 だが最も藤本らしい、驚きに満ちた住宅建築といえば、東京の西部、閑静な住宅街に建つ《House NA》だろう。通りから見ると、コンクリート台を互い違いに並べ、スチールポールで箱型のフレームをつくり、ガラスで覆ったような印象の一戸建てだ。いわゆるファサードは存在せず、各フロアの高さにズレがあるせいか建設現場のように見える。21枚のフロアプレートでつくられた9つの部屋が互い違いの高さで浮かんだ様子は、ツリーハウスのようでもある。

この家を見に行ったとき、私は住所を間違えて、周囲の道を何時間もさまよった。このときばかりはさすがに、様式もサイズも異なる、日本の建築物の無秩序な外観に軽い苛立ちを覚えた。もし通りに沿って一列にレンガのテラスハウスが並んでいたら、ひとつだけ異彩を放つ近代建築が簡単に目に入ったのにと。私は長いこと、脇に見えた建築工事現場が《House NA》だろうと勘違いしながら歩きつづけた。プレス用に撮影された《House NA》の写真は、どこまでも開放されたムードが印象的な、戸建て住宅の広告のようだ。白い服の女性が白い床に座り、その後ろの一段高いフロアにいる白のトップスとジーンズを身につけた男性のほうを見ている。別の白い服を着た人は階段に座り、キッチンにいる女性と話をしている。どのシーンも、窓だらけのガラスのファサードから降り注ぐ光にまばゆく照らし出されている。

画像: 東京西部にあるツリーハウスのような《House NA》(2011年竣工) PHOTOGRAPH BY IWAN BAAN

東京西部にあるツリーハウスのような《House NA》(2011年竣工)
PHOTOGRAPH BY IWAN BAAN

 藤本は《House NA》の敷地面積には限りがあり(54㎡)、また斬新なデザインは施主自身の希望だったと教えてくれた。「広いとは言えない敷地だったので、そこにもしリビングからダイニング、キッチン、ベッドルームにバスルームまでつくったら、どこにでもあるただの小さな家になってしまいますよね。またご依頼主が独創的なスタイルを好まれる方だったんです」。藤本は施主と話をするうちに「これをするなら、あの部屋」という決まりを失った、現代の家の特徴に気づいたという。特定の機能を備えた部屋で、特定のことを行うという習慣は消失したのだ。今の人々はリビングルームでパソコンを使って仕事をし、ほとんどの場合パソコンを持ったままキッチンへ移動する。それなのに従来どおり、役割ごとの個室があり、閉塞的で移動しづらい家の中を、四六時中行ったり来たりしなくてはならない。こんな状況を変えようと、藤本は「インターネット時代の家」を編み出した。

 こうしてでき上がった家には、独立した個室ではなく複数の“コーナー”がある。児童心理治療施設と同様に、人と一緒にいたいか、ひとりでいたいかによって選べるスペースも設けた。構造的には、入れ子式の家具をひとつずつ取り出して積み重ね、それぞれを階段(階段は椅子の役目も果たす)でつないだようなイメージだ。やわらかな詩的な光を浴びながら、藤本は語り出した。「この家にいると、小さなプレートや柱、階段や椅子といったものが周りをふんわり漂っているように見えるんです。ガラスの箱というより、人工的な小さな浮遊物の中にいる。そんな印象ですね」。

だがそこで生活するとなると、プレス用の写真のようにすべてをオープンにはできない。施主は、外からの視線を遮り、室内のスペースを区切るためにカーテンを取りつけた。実際、カーテンは頻繁に閉じられているが、藤本はこれがこの家のコンセプトに新たな価値を添えていると言う。「この空間にはカーテンがあったほうがいいですよね。より人間的になるし、住宅としての意義が明らかになるので」。どこまでもオープンな新しいコンセプトの家で、施主は逆に、新しいプライバシーのあり方を発見したというわけだ。私が《House NA》を見に行ったときは雨降りだったが、カーテンはやはり閉めきってあった。そのときふと目についたのが、私道に停まっていたシトロエンだ。ル・コルビュジエが1927年にドイツのシュツットガルトに建てた、モダニズム建築の原型と称される直方体の《シトロアン住宅》(註:フランスの大衆車シトロエンにちなむ、量産可能な箱型建築)を仄ほのめかしているように見えた。

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