ジャスパー・コンランは絶え間なく活動し続ける日々を重ねたのち、自然のままに育まれたドーセットの庭で過ごす時間を好むようになった。平穏な田舎暮らしは彼の抑制の効いた美意識とは対極にあるように見えて、インスピレーションの源となっている

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY SIMON UPTON, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 父・テレンスは、その才気を剣のように振りかざした(著書『Q&A: A Sort of Autobiography』(2001年)において、自身を「野心家で意地が悪く、他人に親切だが欲が深い。欲求不満で感情的。扱いにくい。器が小さい。人見知り。太っている」と評している)。ジャスパーも父と同じような熱量で美を追求するのだが、寛容な精神を持ち合わせているため、中和されている。しかし、じっとしていられないところも父からしっかりと受け継いでおり、つねに動き回る生活が長く続いた。英国や海外で家の売買を繰り返し、どの家もいかにも彼らしいスタイルでアレンジした。ストイックな中間色でまとめた中に、さし色を巧みに効かせ、英国のアンティーク家具と16~18世紀のアートを組み合わせるのが、ジャスパーの持ち味だ。「僕が古い家をいくつも持っていることは、隠すまでもないよ」。彼は、少し照れながらそう言う。「母に連れられて、よく大きなおんぼろ屋敷を見に行っていたから、子どものときからの夢だったんだ。あの頃は、『この家ではどんなことがあったのかな? どういう物語があるんだろう?』なんて、想像を膨らませていたね」

画像: 穏やかにくつろぐジャスパー・コンラン。壁に囲まれた庭の中、背高のジギタリスの穂先の間にて

穏やかにくつろぐジャスパー・コンラン。壁に囲まれた庭の中、背高のジギタリスの穂先の間にて

 少なくとも、ジャスパーはこれまでに6つの家を手に入れており、いずれも歴史的に有名な建築物だ。なかでも特に壮麗な建物のひとつが、サマーセットにある18世紀の荘園「ヴェンハウス」だろう。歴史的にもっとも重要な「第一級指定建築物」として登録されている。彼はこの家を2007年に購入したが、2015年に売却している。もうひとつは、ウィルトシャーの「ニューウォードー城」だ。大理石で造られたパラディオ様式の大邸宅で、上部のドームは高さが約18mもある。この城の大部分は居住空間になっており、その面積は約2,136㎡に及ぶ。ロンドンのハイドパークの近くにマンションも所有する。さらにギリシャのロードス島にも家があるが、こちらは2軒を合わせてひとつの家にしたもので、どちらももともとは船長の邸宅だったという。

 だが、近頃のジャスパーにとっての我が家は、比較的質素な風情の家で、それがとても新鮮に映る。英国南西部の田園地帯ドーセットにあるレンガ造りのこの家は、17世紀初頭に建てられた当時のままの姿をしており、「ベティスクーム荘園」という。敷地の広さは約28万㎡だ。このあたりには、人間の手が加えられていない自然が今も残り、その野生の美しさは19世紀の小説家トーマス・ハーディのおかげで不朽のものとなった。

ジャスパーが4年前に買い取る前は、彼の継母でフードライターとして活躍したキャロライン・コンランがこの家の持ち主だった。彼女はハビタの草創に大きく寄与した人物で、ジャスパーの父・テレンスとの結婚生活は、1963年から1996年まで続いた。キャロラインは1986年、週末にくつろぐ場所として、自分自身のためにこの家を購入した。何年もの間、ジャスパーは実母のシャーリーとは険悪な仲だったが(彼は2015年にアイルランド人アーティストのオシン・バーンと結婚する少し前まで、シャーリーとは10年以上も口を利かなかったと報じられている。ちなみに、シャーリーはふたりの結婚式に出席した)、継母のキャロラインとは深く理解し合い、強い絆で結ばれていた。「彼女はおそらく、僕にもっとも大きな影響を与えた人だ」とジャスパーは言う。長年、彼はキャロラインに会うために、ベティスクームに足繁く通った。「この世のものとは思えないほど魅力的な家だと、ずっと思っていた」。それがまさか自分のものになるとは、思ってもいなかった。キャロラインが身辺を整理して身軽になりたいと、2015年に言い出すまでは――。

画像: シデの生垣で隠れているコテージは14世紀の建築で、ジャスパーの書斎とオフィスがある。庭にはオールドローズやウイキョウ、立葵、ラズベリーの低木、レディスマントルが植えられている

シデの生垣で隠れているコテージは14世紀の建築で、ジャスパーの書斎とオフィスがある。庭にはオールドローズやウイキョウ、立葵、ラズベリーの低木、レディスマントルが植えられている

「僕はそのとき、もうひとつ家を買いたいと思って探していたわけじゃないんだ。それにこの家は、単なる『もうひとつの家』なんかじゃない」とジャスパーは言う。400年以上も前からほぼ同じ姿のままの荘園は、彼がこれまでに手がけてきた数々のプロジェクトをはるかにしのぐ壮大な人間のドラマを秘めている。古くてあちこちがきしむが居心地がよく、独特の趣がある。幅広の板を張った床はイグサのマットで覆われており、ベルファスト・シンク(註:白い磁器製の、深く細長い流し台)を取り付けた洗い場の下には造り付けの棚があり、リネンのカーテンで目隠しされている。昔はこの棚に、髪粉(註:おもに17〜18世紀のヨーロッパで流行したカツラにつける粉)をつけたカツラが収納されていた。最後にこの家の全面的な改修が行われたのは、ウィリアム3世とメアリー2世の共同統治時代のことである。ジャスパーの継母が、ここに住んでいた農家の人からこの家を買った当時は、セントラルヒーティングは取り付けられていなかったという。

 彼ならではの抑えの効いた端正な華やかさで、ジャスパーはこの家の模様替えを行った。飾り棚がついていない暖炉の前には、白いリネンを張った一対の肘掛け椅子が置いてある。ジョージ2 世時代
のデザインで、マホガニーの脚は糖蜜が焦げたような色をしている。淡い色の壁には、金の額縁に入ったクロスステッチ刺繡がひとつだけ飾られている。ウェールズの荘園がモチーフで、彼の21歳の誕生日祝いとして買ったものだ。その下には柔らかそうな白いソファがあり、モロッコから持ってきたすみれ色のクッションがあちこちに置かれている(彼は2016年にモロッコに、ブティックホテル「ロテル・マラケシュ」を開業した)。だが、ジャスパーがようやく平和の中に知恵を見いだした――コンラン家の紋章の訓示のように――ということがいちばんよくわかるのは、やはり庭だろう。

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