ジャスパー・コンランは絶え間なく活動し続ける日々を重ねたのち、自然のままに育まれたドーセットの庭で過ごす時間を好むようになった。平穏な田舎暮らしは彼の抑制の効いた美意識とは対極にあるように見えて、インスピレーションの源となっている

BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY SIMON UPTON, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 17世紀の様式に従い、型どおりに設えたヴェンハウスの庭には、石造りの噴水があり、刈り込まれた緑の木々が左右対称に並んでいる。対照的に、ベティスクームの庭はありのままの自然とその恵みをぞんぶんに活かすことに軸足が置かれている。この地域の田舎らしい大らかな気質と、ジャスパー自身の変化――豪華さが際立つものへの興味が薄れている――を映し出しているかのようだ。ここにはニワトリがいる。毎日羊飼いがやって来て、羊の群れに草を食べさせる。この家で働く常勤のスタッフは、庭師ひとりだけだ。ほかに所有していた、より壮麗な建物では、きちんと維持するために多くの人手を必要としたが、それとは大違いである。

画像: ジャスパーのレンガの家、ベティスクーム荘園を庭から眺める

ジャスパーのレンガの家、ベティスクーム荘園を庭から眺める

「僕の人生において、これまでとは違う時間が流れている」。ジャスパーは、英国のタブロイド紙を盛んににぎわせたパーティ三昧の若かりし日々を振り返りながら、そう話す。「今はとても快適で、心が満ち足りている」。インテリアに関しては、よいものがゆとりを持って配置されるように、何をどう置くかを厳しい目で判断することをいとわない姿勢が伝わってくるのだが(「ものを重ねて置くことはしない」とジャスパーは言う)、庭のほうは無秩序といってもいいくらい、にぎやかだ。「僕自身の無意識の衝動が、僕を極端な方向へ走らせるんだ」。鮮やかな色彩、咲き乱れる花々の甘い香り、自然のあるがままの姿かたち――。そういうものに包まれたいと願う気持ちが、コロナ禍において強くなったという。「自然の中に身を置いて、一夜で変わる景色を毎日外に出て確かめる。それだけで、ワクワクするんだ」

 庭はわざと不完全な状態にしてあるということが、正面のドアから外に出て石畳の小径を歩き始めるとすぐにわかる。視界に飛び込んでくるのは、エリゲロン。大昔からそこにある石と石の間から、デイジーに似た小花が元気よく伸びている。草だらけの小径で仕切られて二つに分かれた花壇も、草花が生い茂りさまざまな色が混ざり合っている。春が終わりにさしかかる頃には、パロット咲きのチューリップが庭じゅうに咲き誇り、ジギタリスの釣鐘型の紫色の花が、ユーフォルビアの黄色い花の群れをかきわけるようにして現れる。花盛りの季節が一段落すると、今度はダリアが姿を現す。うなずくように揺れるダリアの花は、時にフリスビーほどの大きさになる。

画像: ジャスパーの庭の中で野生の樹木が生い茂るエリア。フランス菊が牧草地の一角を覆うように咲いている

ジャスパーの庭の中で野生の樹木が生い茂るエリア。フランス菊が牧草地の一角を覆うように咲いている

そして12月になっても、この庭では花が咲く。ヘレボルス(クリスマスローズ)だ。褪せたようなヴィクトリアンカラーのラベンダーやセージ色に染まった花びらが、大きく開く。さらにこの庭の敷地には、切り花専用の花壇や菜園、温室もある。ジャスパーは、庭から新鮮なパプリカや葉物野菜や豆を採ってきて、アイオリソースをかけたポーチドチキンに添える。食事に招かれた人たちは、森を切り開いたところに彼がセットした優美な年代ものの鉄のテーブルを囲んで座り、よく冷えたムルソーを味わう。

 パートナーのバーン(37歳)は、ここからおよそ90m離れた果樹園の近くにアトリエを構えている。1830年代に造られたこの建物にはりんごの圧搾機があり、今でも秋になるとアップルサイダーを造るために使われる。過去1年間に彼がベティスクームで制作したものは、その大半が大きな植物画だ。みずみずしく、生き生きとした筆致で描かれており、これまでよりもさらに大きく、より鮮やかな作品になっている。バーンが絵を描くためなら、ジャスパーは惜しげもなく花を摘んで、ブーケをつくる。それは、静かなる愛情表現だ。「これまでの僕の人生にはドラマがあり、いくつもの家があった」と、ジャスパーは言う。「そして今、ようやく地に足が着いたと感じているんだ」

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