1830年代の自宅アパートメントの装飾を必要最低限までそぎ落とすことで、余計な手を加えないことの威力を証明した、ブルックリンハイツのインテリア・スタイリストの世界観をクローズアップ

BY TOM DELAVAN, PHOTOGRAPHS BY BLAINE DAVIS, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 キングはくすんだグレーの完璧な色合いを出すためにベッドルームの壁と天井を三度も塗り直してから(ほかの部屋は現在、暖色系でも寒色系でもないオフホワイト)、家具のレイアウトに取りかかった。カッシーナで注文した1930年代に製作されたオランダのデザイナー、ヘリット・リートフェルトによる、がっしりしたフォルムの白い《ユトレヒト》アームチェア、ベン・ブルームスティーンとアーロン・アウジュラがイーストビレッジで立ち上げたグリーンリバー・プロジェクトによるベルベット張りのウォルナットのスツール、ニューヨークを拠点に活動する陶芸家、ダニー・キャプランのカスタムメイドのテーブルランプ、友人のチェルシーのギャラリスト、ドブリンカ・ザルツマンから借用したピエール・ジャンヌレによるミッドセンチュリーのヴィンテージの籘椅子などだ。

リビングの暖炉のマントルピースの上には、古いミラーの横にイギリスのモダニズムの陶芸家、ルーシー・リーが20世紀前半にろくろで成形した花瓶が置かれている。納期をせかされることが多い仕事でのスタイリングとは違って、自宅アパートメントの内装はもっとゆっくりと慎重に進められた。「空間の声に耳を傾ける時間を持ちました」とキングは言う。その結果、飾り気のないがらんとした部屋ができあがった。だが、そこには1970年代のイタリアンデザイン、初期のアメリカ建築、フランスのモダニズムといった異なる糸が重なるように織り込まれ、遊び心のある折衷主義に挑戦する傾向のある一握りの若いデザイナーしか表現できない絶妙なニュアンスが漂っている。

画像: 《レ・バンボレ》ソファの上には《アステップ ヴィヴィ シンクワンタ》ペンダントライト。中央はカール・オーボックのサイドテーブル。右奥は1970年代のイサム・ノグチのランプ。マントルピースの上にはディーター・クルンビゲルによるアッサンブラージュ、1950年代のジャクリーヌ・ルラの金魚鉢

《レ・バンボレ》ソファの上には《アステップ ヴィヴィ シンクワンタ》ペンダントライト。中央はカール・オーボックのサイドテーブル。右奥は1970年代のイサム・ノグチのランプ。マントルピースの上にはディーター・クルンビゲルによるアッサンブラージュ、1950年代のジャクリーヌ・ルラの金魚鉢

画像: 「ローマン&ウィリアムス ギルド」のリネンのベッドカバーをかけたキングのベッド。その上の壁に掛かっているのはリチャード・ブロウの1950年代のピエトラ・デュラ(フローレンスモザイク)。ベッド左にある1970年代のヌペ族のスツールの上には、アッキーレ・カスティリオーニがデザインした《ランパディーナ》ランプが

「ローマン&ウィリアムス ギルド」のリネンのベッドカバーをかけたキングのベッド。その上の壁に掛かっているのはリチャード・ブロウの1950年代のピエトラ・デュラ(フローレンスモザイク)。ベッド左にある1970年代のヌペ族のスツールの上には、アッキーレ・カスティリオーニがデザインした《ランパディーナ》ランプが

 キングのアパートメントには彼が長年培ってきたミニマリズムの美学が貫かれているが、これまでまったく回り道をしなかったというわけではない。キングは双子の兄弟とともに、オハイオ州の田舎の農場で育った。いつも家の仕事を手伝わねばならないので、ブラブラ遊んでいるわけにはいかなかった。学校から1時間かかる場所に暮らしていたため、めったに友達と会うこともなかった。10代になると、自分の歌声を「強く意識する」ようになったという。「歌うたびに、自分を表現しているような気がしました」。ところが、13歳でダンスに出会ったキングは、18歳でニューヨークに移ってもジャズダンスとバレエのレッスンを続けた。ほどなくして、ダンサーとして成功することの厳しい現実に直面して失望した。22歳のとき、ふとした思いつきからロサンゼルスへ移ったが、同じような失望を味わった。「『背が高すぎる。痩せすぎている。少し男らしさに欠ける』と何度も言われました。人はある時点で悟らざるをえません」。そこで、キングはしばらく不動産管理人をしてから、フィットネスのインストラクターとして働き始めた。やがてメルローズ・アベニューに店舗を構えるデザイン会社「コンソート」でデジタルコンテンツ・プロデューサーの職を得た。そこで売り場から商品を撤去したり、ビネット(小型の立体模型)をスタイリングして撮影し、ソーシャルメディアで宣伝したりする仕事を任された。キングはやっとダンスと同じくらい情熱を傾けられる仕事を見つけたのだ。

 2017年にニューヨークに戻ったキングは、仲間の多くと同じように、いくつかの仕事をかけもちしながら何とか暮らしていた。午前中はパーソナルトレーナー、午後はホームブランド「ワン・キングス・レーン」のソーシャルメディアのアカウントを管理、夜はインテリア・スタイリストとしての地位を確立するために、ストーリーを探し出して雑誌に売り込んだ。ところが、数カ月もたたないうちに、スタイリングの予約でいっぱいになり、キングは生まれて初めてひとつの仕事に専念できるようになった。

 腰を落ち着けたものの、キングのアパートメントはまだ進化を続けている。今はベッドの上に掛ける大型の油絵、リビングに置くジョー・ドゥルソがデザインしたヴィンテージのサイドテーブル、ブラックオリーブの木(キングにとって初めての観葉植物)を探しているところだ。非常に多くの美しい住まいが手の込んだ改装と高価な家具や装飾の結果であるのに対し、キングのアパートメントは余計な手を加えないことの威力を証明している。それは空間本来の美しさを引き出すことであり、そのためには忍耐を必要とするのである。

※ 掲載商品の価格は、特に記載がないかぎり、「税込価格」で表示しています。ただし、2021年3月18日以前に公開した記事については「本体価格(税抜)」での表示となり、 掲載価格には消費税が含まれておりませんのでご注意ください。

 

This article is a sponsored article by
''.