2020年に前橋に開業し、美術館のような空間にアート作品が設置されていることで話題となった「白井屋ホテル」。前橋の街の活性化に貢献することを目指し、建築、アート、デザイン、食などさまざまなジャンルの魅力を集結させたホテルのありかたを収めた書籍の発売を記念したトークイベントの模様をお届けする

TEXT & PHOTOGRAPHS BY HIROYA ISHIKAWA

画像: 350人以上もの人で賑わう「前橋めぶくナイト」の会場

350人以上もの人で賑わう「前橋めぶくナイト」の会場

 藤本壮介、ジャスパー・モリソン、ミケーレ・デ・ルッキ、レアンドロ・エルリッヒ。建築やデザイン、アートの分野で世界的に活躍するこの4名のクリエイターに共通すること。それは全員が白井屋ホテルの客室をデザインしていることだ。

画像: 緑に覆われた白井屋ホテルの外観 ©️TETSUYA ITO

緑に覆われた白井屋ホテルの外観

©️TETSUYA ITO

 ご存じの方も多いかもしれないが、白井屋ホテルとは群馬県前橋市にあるホテルのことで、2020年12月の開業当初から国内外の建築やデザイン、アート、ホテルが好きな人たちを中心に注目を集めてきた。

 前述した4名のクリエイターが手がけた客室以外にも、ファサードや共有スペースには、ローレンス・ウィナーや杉本博司、五木田智央、ライアン・ガンダーなど、これまた世界で活躍するアーティストの作品がホテルの空間に溶け込むように展示されている。さらに客室には塩田千春やマリア・ファーラ、KIGIの植原亮輔と渡邉良重などの作品が飾られているのだ。

画像: 白井屋ホテルの「the RESTAURANT」がこの日のケータリングを担当

白井屋ホテルの「the RESTAURANT」がこの日のケータリングを担当

 食に関しても、メインダイニングの「the RESTAURANT」は、ミシュランガイド東京2022で二つ星、2023年のアジアのベストレストラン50では、シェフたちの投票による「Inedit Damm Chefs’ Choice Award 2023」を受賞したフロリレージュ(東京・青山)の川手寛康シェフが監修。地元出身の片山ひろシェフが厨房に立ち、世界的美食ガイド「ゴ・エ・ミヨ2023」にも掲載されるほどの実力を誇る。ほかにもブルーボトルコーヒーの地方都市1号店が入っているなど、刺激的な布陣を形成している。

画像: 書籍『Shiroiya Hotel Giving Anew』は、英語版(264頁)+日本語小冊子(48頁)の2冊組(¥11,000)。アマゾンをはじめ、全国の書店、白井屋ホテルにて販売中

書籍『Shiroiya Hotel Giving Anew』は、英語版(264頁)+日本語小冊子(48頁)の2冊組(¥11,000)。アマゾンをはじめ、全国の書店、白井屋ホテルにて販売中

 なぜ、前橋市に世界的に話題となるホテルを作ることができたのか? その秘密を解き明かす書籍『ShiroiyaHotel Giving Anew』 が出版され、関係者が一堂に会するパーティ「前橋めぶくナイト」が東京・天王洲アイルの会場で盛大に行われた。

 そこで明かされたのは、白井屋ホテルがデザイナーズホテルとして素晴らしいだけでなく、実はこのホテルが前橋市全体を巻き込んだ壮大なプロジェクトの起爆剤としての役割を果たしているということだった。

 それは列席者の錚々たる顔ぶれを見ても明らかだ。政界だけでも乾杯の音頭をとった前橋市の山本龍市長に始まり、群馬県の山本一太知事、衆議院議員の福田達夫氏、尾身朝子氏、中曽根康隆氏、参議院議員の中曽根弘文氏、清水真人氏が登壇。白井屋ホテルへの思いや地域への期待、未来のビジョンなどを語ったのだ。

画像: 群馬県知事の山本一太氏

群馬県知事の山本一太氏

 例えば、山本一太知事は「群馬県どころか世界でもトップクラスのデザインと建築を融合したホテルを前橋に作り、各界で影響力のあるみなさんを引きつけて、前橋に対する関心を高めて、群馬県に来ようと思ってもらえる。白井屋ホテルのプロジェクトは県が学ばなければいけないベストプラクティスだと思っております」とホテルを賞賛。

画像: 左から/白井屋ホテルを手掛けた、ジンズホールディングス代表の田中仁氏と建築家の藤本壮介氏

左から/白井屋ホテルを手掛けた、ジンズホールディングス代表の田中仁氏と建築家の藤本壮介氏

 実はこの白井屋ホテルを仕掛けたのは、ホテルの専門家ではない。アイウエアブランド「JINS」を全国に展開するジンズホールディングス代表で、前橋市で生まれ育った起業家の田中仁(ひとし)氏が、個人で投資を行い、実現させたものだ。パーティ会場では田中氏と白井屋ホテルを設計した建築家の藤本壮介氏が対談を行った。ちなみに藤本氏がホテルに携わるのはこれが初めて。ふたりの口から語られたのは、既存の常識にとらわれないホテル作りだった。

 プロジェクトが動き出した頃にホテルの運営会社から”前橋は人がこない”と断言され、だったらそれ自体が旅行の目的となるデスティネーションホテルを作らなければダメだと思ったと話す田中氏。「自分だったらどんなホテルなら行きたくなるかなと考えると、やっぱりこれまで見たことがないものなんですよ。ホテルも部屋も見たことのないものにしたいと思いました」

画像: レアンドロ・エルリッヒが手がけた客室 ©️TETSUYA ITO

レアンドロ・エルリッヒが手がけた客室

©️TETSUYA ITO

 その思いを形にするため、田中氏はJINS Design Projectでメガネのデザインを依頼した縁もあるジャスパー・モリソンとミケーレ・デ・ルッキ、さらには当時森美術館で展覧会を開催し、来日していたレアンドロ・エルリッヒを次々と口説き落とし、藤本壮介氏を含めた4名のクリエイターに部屋を作ってもらうことに成功した。全員ホテルの客室をデザインするのは初めてで、ジャスパー・モリソンからは、もう二度とホテルの部屋をデザインすることはないとまで言われたほど貴重なコラボレーションとなっている。

「いろいろな人が田中さんのビジョンや思いに共感して、雪だるま式に巻き込まれていく。それでみんなが幸せになっていく感じがあると思いましたね」と藤本氏。

画像: 白井屋ホテルを特別な存在にしている要素のひとつ、4階までの吹き抜け部分 ©️TETSUYA ITO

白井屋ホテルを特別な存在にしている要素のひとつ、4階までの吹き抜け部分

©️TETSUYA ITO

 藤本氏の印象に残っていることのひとつが、白井屋ホテルの特徴でもある4階までの吹き抜けの実現だ。「最初に田中さんと現地の建物を見た時に、内装だけをリノベーションしただけでは特別な場所にならないから、4階建てのすべての床を半分くらいに減らして大きな吹き抜けを作りたいと話したんです。そうすると見たことのない空間が生まれるし、街と連続した広場にもなる。ただし、床面積も部屋の数も半分くらいになってしまいます。田中さんに”どうですかね、このアイデア?”って言ったら、それ、おもしろそうだからやろうよと」

 その結果、当初の計画よりも客室数が激減し、最終的に17室に。それでも新しい価値を作りたかったと田中氏は話す。「特に建築は採算を取ることを考えると、結局どこにでもあるものになってしまうんです。だから今回はそれを忘れようと。投資したお金はなくなったものとして考えようと思ってやりました」と田中氏。

画像: 左から/小山登美夫ギャラリーの小山登美夫氏、美術評論家・森美術館特別顧問、前橋市文化芸術戦略顧問、アーツ前橋特別館長の南條史生氏

左から/小山登美夫ギャラリーの小山登美夫氏、美術評論家・森美術館特別顧問、前橋市文化芸術戦略顧問、アーツ前橋特別館長の南條史生氏

 また、会場では美術評論家・森美術館特別顧問で、4月1日から前橋市文化芸術戦略顧問、5月1日からアーツ前橋特別館長を務める南條史生氏と、小山登美夫ギャラリー代表の小山登美夫氏との「アートによる街づくり」をテーマにした対談も実施。小山登美夫ギャラリーは、5月7日にプレオープンするアートレジデンス「まえばしガレリア」で、rin art association、Art Office Shiobara、MAKI Galleryと共同でギャラリーを運営。同施設にはタカ・イシイギャラリーも入居する。

 この日登壇した多くの人が口にしたのは、田中氏の巻き込み力や求心力の強さ。今回出版された書籍『Shiroiya Hotel Giving Anew』 には、そんな田中氏のビジネスのセオリーにとらわれない破天荒とも言える逸話の数々が余すところなく収められている。実はこの本、白井屋ホテルの美しい写真が満載のビジュアル本でありながら、地方創生の教科書でもあり、ホテルができるまでの奮闘を記録したビジネスノンフィクションでもある。ページをめくるたびにさらなる進化、発展を成し遂げていくであろう白井屋ホテルと前橋市の今後がますます楽しみになる一冊だ。

『Shiroiya Hotel Giving Anew』
著者:藤本壮介、橋本麻里、犬養裕美子、長谷川香苗、白井良邦
発行:一般財団法人田中仁財団
白井屋ホテル 公式サイト

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