BY KANAE HASEGAWA
令和4年の林野庁の統計によると、日本の国土面積の67%が森林で覆われている。そんな日本では、昔から木は暮らしに欠かせない存在だった。金属やほかの化石燃料などない時代、すぐに加工してそのまま使える木は、家づくりにはもちろん、室内の建具から、洗濯、炊事の道具に至るまで家事全般に使われてきたと言える。豊かな森林資源を持つ日本ならではの家具づくりに期待を込めて、取材した。
タイムアンドスタイル
伝統の技術を現代のライフスタイルに
北海道に本社工場を設けるタイムアンドスタイルは家具を始め、照明、テーブルウェアまで手がけるブランドだ。とりわけ家具づくりにおいては、国産材だけを用い、それぞれの樹種の特性に合ったデザインの家具を製造している。ミラノにすでに3つのショールームを開設し、海外との取引も多い。ミラノデザインウィーク中は、そのショールームで、国産材でできる住空間のスタイリングを提案した。新作では、針葉樹の秋田スギを台にマットレスと組み合わせた、ベッドにも空間にもなる、新しいカテゴリーのモジュール家具をはじめ、アームチェアなどを発表した。
モジュール家具の「Stone Garden」は一畳と半畳サイズの簀の子状にした木材を組み合わせて、空間を広げることができるシステム家具のようなもの。木造建築の木組の構造を取り入れた脚部は強度のある秋田スギの無垢材。簀の子状の台の上に敷くマットレスは京都の老舗布団メーカーと協業した。だから、中にコイルスプリングではなく、布団屋の技術が詰め込まれている。キャメル毛を詰め、寝ても、座っても、布団に身を預けるような心地よさがある。台の上に畳を組み合わせれば、小上がりの空間へと変容する。
スギ材を使った組子のパーティションも、タイムアンドスタイルらしい日本の伝統的な木工技術を駆使しつつ、現代の生活に寄り添うアイテムだ。鎌倉時代に日本建築の建具技術として誕生した組子細工に基づいている。細く割った木を用いて溝や角度を加え、小さな木片を組み合わせて紋様を作り出すこの技術は、800年以上の歴史を持ち200種類以上の紋様が存在するという。細かい部材は柔らかい針葉樹だからこそできる。オーク(ナラ)やウォールナット(クルミ)といった広葉樹では硬くてこれほど細かくカットできない。針葉樹の特性を引き出したアイテムといえる。また、組子の紋様を通して光と影を感じようとした古来の日本人の感性は、今グローバルにも響くだろう。
新作「Nami armchair」は、ネーミングの通り、背もたれから座面にかけてひと続きにつながる波のような造形が特徴。脚部が片持ちタイプの椅子は強度面から、1920年代末に開発されたスチールパイプを曲げて作られるのが一般的だ。そこを、金属ではなく、国産材の可能性に挑戦してきたタイムアンドスタイルでは、成型合板を使うことで強度としなやかさを持たせることに成功した。
3つ合わせて750平方メートルのショールームには日本からも多くの視察者が訪れ、日本の家具ブランドが海外にショールームを設け、発信することの意義について考えることもあった。
タイムアンドスタイル
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MAS
日本のヒノキのぬくもりを世界へ
もう一つ、家具を通して日本の木の文化を伝えていたのがMAS。MASは、愛知県に本社工場を持つ日本有数の木工家具メーカーのカリモク家具を母体に誕生。国産の針葉樹を中心とし、ヒノキなどの様々な木材に焦点をあてた家具づくりに取り組む木工家具ブランドだ。カリモク家具が80年に渡って培ってきたノウハウと、森林資源を生かし、日本の木の可能性を広げる家具づくりに取り組んでいる。ミラノの展示では、「MAS ‐ HINOKI PROJECT ‐」と題し、ヒノキを中心とした家具を発表するとともに、ヒノキの生態や素材としての特性、日本において古くから建材や生活の中の道具に用いられてきたという歴史的、文化的な文脈を紹介した。
ブランド名のMASには、計量に使う枡と量産を意味するマスプロダクションのマスの意味が込められている。それは家具のつくりにも取り込まれ、アームチェアの木材の接合部には枡にみられる「霰組」といった日本の伝統的な木工技術が用いられている。座面の手前と奥とでは木のカーブを変え、身体のシルエットに沿うように配慮されている。
一方でダイニングテーブルは、木目がまっすぐ伸びたヒノキの天板の表情を存分に生かしたデザインといえる。天に向かってまっすぐ成長する針葉樹だからできる木取りであり、大きな枝分かれがある広葉樹では木目に模様が現れてしまうだろう。MASのデザインディレクターを務める熊野亘は森の国、フィンランドの大学に留学し、長年、森林資源と向き合ってきた。それぞれの木の特性を十分に理解するデザイナーだから行き着いたデザインだろう。
折り畳み式の間仕切り「パーティション」は、パネル面に網代編みの技術を用いることで、隙間から光が差し込んだ時、空間に豊かな表情を与える。それとともに、薄いヒノキ材に強度を持たせる、用の美を備えたデザインだろう。
MAS
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英語で針葉樹をソフトウッド、広葉樹をハードウッドと分類するように、ヒノキやスギなどの針葉樹は、欧米に多いオーク、ウォールナットといった広葉樹と比べると空気を多く含み、柔らかい。それゆえに強度が求められる家具づくりにおいて、針葉樹を用いることには様々な課題がある。しかし、タイムアンドスタイルやカリモク家具が立ち上げたMASのように木目のまっすぐな細長い部材を使った家具や組子の細工のような繊細なデザインは針葉樹ならではだ。また、空気を多く含む針葉樹は木肌を触ると冬でも冷たさを感じない。広葉樹は木の密度が詰まっているため、冬に木肌に触れるとコンクリートほどの冷たさを感じる。日本人が木の家具について「ぬくもりを感じる」と表現するのもそうした感覚があるからだろう。世界中のデザイン好きが集まるミラノデザインウィークで、こうした日本の木を取り巻く文脈について発信できたことは頼もしい。