ある画家夫妻が、ニューヨーク州ロングアイランドの郊外に自宅兼制作スタジオを建設すべく、一組のデザイナー・カップルにその設計を依頼した。夫妻がともに分かち合ってきた創造性を思う存分表現し、それぞれの個性を発揮する場所をつくり上げるために

BY ALICE NEWELL-HANSON, PHOTOGRAPHS BY SIMON WATSON, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

画像: 画家夫妻のスタンレー・ホイットニーとマリーナ・アダムスの、ニューヨーク州ブリッジハンプトンにある自宅のダイニングルーム。ノーム・スタヴィン制作のテーブルとハンス・ウェグナーが手がけた椅子はそれぞれ特注。

画家夫妻のスタンレー・ホイットニーとマリーナ・アダムスの、ニューヨーク州ブリッジハンプトンにある自宅のダイニングルーム。ノーム・スタヴィン制作のテーブルとハンス・ウェグナーが手がけた椅子はそれぞれ特注。

 画家のスタンレー・ホイットニーは、1973年にマンハッタンのダウンタウンのクーパースクエア地区を見下ろす細長い建物のロフトに引っ越してきた。その後の半世紀で、彼は画家のマリーナ・アダムスと出会い、彼女と人生をともにすることになる。アダムスは、まるで宝石のような鮮やかな色彩や、独特のパターンを用いてリズム感あふれる巨大な作品を描く画家だ。ふたりは結婚し、息子のウィリアムをそのロフトで育て上げた。何十年もの間、ホイットニーはこの約186㎡の自宅ロフトの一部を自身のスタジオにして、創作活動を続けてきた。自然光が入らないその部屋で、彼は抽象画やドローイング作品を制作してきた。格子状のような構図と、はっとするほど明るい色彩を組み合わせるのがホイットニーの代表的な作風で、鮮やかな青色や、ニューヨークの街を走るタクシーのようなはっきりした黄色を好んで使った。

 2019年頃には、ロフトは完全に手狭になり、夫妻はより広い場所を探し始め、不動産業者がふたりをロングアイランドの東端まで、物件を案内するために連れていった。高層ビルがないハンプトンの広々とした風景や太陽の光は、これまでも多くのアーティストたちを魅了してきた。その中でも恐らく最も有名なのは、1940年代に活躍した抽象表現主義の画家ジャクソン・ポロックや、リー・クラズナーだろう。だが、現在63歳のアダムスと77歳のホイットニーは、これまでハンプトンという土地に親近感を抱いたことは一度もなかった。さらに、この数十年間で、ハンプトンはかつてのボヘミアン気質を急速に失ってしまっていた。「我々は、興味がなかった」とホイットニーは言う。「でも、不動産エージェントに連れられてジャックとマニュエルの家を訪ねたとき、『あ、こんな感じならいいかも』と思ったんだ」

画像: 壁際には安永正臣制作の壺。樫材のベンチの後ろにかかっているのは、アダムス作の絵画作品。 (ON WALL) MARINA ADAMS, “DINAH’S MIXED EMOTIONS,” 2018, ACRYLIC ON LINEN © MARINA ADAMS; (ON FLOOR NEXT TO BENCH) MASAOMI YASUNAGA, “MELTING VESSEL,” 2020, GLAZE, CLAY © MASAOMI YASUNAGA, COURTESY OF THE LISSON GALLERY

壁際には安永正臣制作の壺。樫材のベンチの後ろにかかっているのは、アダムス作の絵画作品。

(ON WALL) MARINA ADAMS, “DINAH’S MIXED EMOTIONS,” 2018, ACRYLIC ON LINEN © MARINA ADAMS; (ON FLOOR NEXT TO BENCH) MASAOMI YASUNAGA, “MELTING VESSEL,” 2020, GLAZE, CLAY © MASAOMI YASUNAGA, COURTESY OF THE LISSON GALLERY

 ジャックとは、88歳のアーティストのジャック・セグリックのことで、マニュエルは、セグリックの公私のパートナーで71歳の建築家のマニュエル・フェルナンデス・カステレイロを指す。セグリックは、かつてソーホー地区にあった有名な食料品店、ディーン&デルーカの内装のデザインを1970年代に手がけたことでその名が知られるようになった(店内の棚はすべてステンレス・スチールで統一し、内装に白い工業用のタイルを使ったのが革新的だった)。当時から30年ほどたった頃に、セグリックはロングアイランドにある何軒かの住宅デザインを手がけ、機能的かつ美しい彼独特のスタイルを住空間に活かし始めた。新居を建てるのにふさわしい場所を探すなかで、アダムスとホイットニーはセグリックとフェルナンデス・カステレイロが住む自宅を訪ねた。セグリックが2000年にイーストハンプトンに建てたその家は、まるで航空機の格納庫のような形をしており、プレハブ形式で灰色のグラファイト・スチールが素材として使われていた。アダムスとホイットニーは、広々とした内装と、生い茂るシダやどっしりと生えているサルスベリの木々に魅了された。それと同じくらい強く、家のオーナーであるふたりにも惹きつけられた。

「会った瞬間に友人になったよ」とフェルナンデス・カステレイロは言う。その日からそれほどたたないうちに、ホイットニーとアダムスは、ブリッジハンプトン村の郊外の静かな小径沿いにある、かつて園芸店があった敷地の中の、草に覆われた約8094㎡の土地を購入した。そしてセグリックとフェルナンデス・カステレイロに設計を依頼した。サイズ的には、田舎の余裕のある土地に、都会のロフトのような建物を設計してほしいと注文した。「その日から我々のコラボレーションが始まったんだ」とフェルナンデス・カステレイロは言う。「4人で一緒に打ち合わせをしながら、夕食をともにして、お互いのことを少しずつ知っていった」。彼らが育んだ素晴らしい人間関係と同様に、互いに相手を思いやった行動をし、創造性を大事にすることで、この家は形になったのだ。

画像: ホイットニーのスタジオに飾られている絵画作品。 (FROM LEFT) STANLEY WHITNEY,“ROMA 49,” 2022, OIL ON LINEN © STANLEY WHITNEY; “SUMMER WIND,” 2022, OIL ON LINEN © STANLEY WHITNEY; “MONK & MUNCH 29,” 2023, OIL ON LINEN © STANLEY WHITNEY; “UNTITLED,” 2022, OIL ON LINEN © STANLEY WHITNEY

ホイットニーのスタジオに飾られている絵画作品。

(FROM LEFT) STANLEY WHITNEY,“ROMA 49,” 2022, OIL ON LINEN © STANLEY WHITNEY; “SUMMER WIND,” 2022, OIL ON LINEN © STANLEY WHITNEY; “MONK & MUNCH 29,” 2023, OIL ON LINEN © STANLEY WHITNEY; “UNTITLED,” 2022, OIL ON LINEN © STANLEY WHITNEY

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