今、作りたい音楽とはーー。 果たしてそれは、音楽なのか。そもそも、なぜ音楽家の道を選んだのか。 来春リリース予定のアルバムを制作中の坂本龍一を、NYのスタジオに訪ねた

BY YUMIKO SAKUMA, PHOTOGRAPHS BY LISA KATO

 環境問題に強い関心をもち、また社会のあり方について発言を続けてきた坂本が、氷河の音や雑踏の音を作品に取り入れるようになったことには、つい因果関係を見いだしたくなる。それを追求すると「自分でもよくわからない」という答えが返ってきた。きっかけは2000年頃に始まったドイツ人アーティスト、アルヴァ・ノトとのコラボレーションだった。「僕が録ったピアノの音という素材を、彼が料理するという作業のなかで、ピアノという楽器の音と、そうではない現実音の差がなくなってきた。僕らが音楽の世界で使うS/N(サウンドvs.ノイズ)という言葉があるように、サウンドとノイズは本来なら二項対立なんです。でも僕のなかでだんだん区別がなくなってきた。それどころかもっと原初的なノイズに寄りたいという気持ちが強くなってきてしまったんですよね」

画像2: 坂本龍一が語る、
自身が今作りたい音楽について

 話を聞き進めるうちに、サウンドを発する道具として人間が考案した調律に合わせて作られた楽器よりも「音楽に加工される以前の音」に興味と関心が移ってきた理由が少し見えてきた。「楽器は西洋音楽をより明確に表すために、合理的にデザインされて今の形に進化したわけですが、もともとは木や鉄、動物の革だったりした。たとえばピアノは最も近代的に設計された楽器ですが、木と金属でできていて、放っておくと調律が狂ってくる。調律というものは、人間が勝手に決めた、人間にとってのいい音を出す作業ですよね。物は強制的に引っ張られる状態を嫌って、原初的な状態に戻ろうとするわけです。チェロやヴァイオリンの弦が切れたりするのは、物が元の状態に戻ろうとするあらわれなんです」

 その他の活動をトーンダウンして作っている新作は、『アウト・オブ・ノイズ』の延長線上にある、と坂本は語る。「前作ではたとえば北極圏まで出かけていって、グリーンランドの氷河の音を録ったりもしました。体験自体も新鮮でしたけど、録った音もとてもおもしろかった。以来、ますます既存の音楽のかたちから遠ざかりたい、物が発する音をもっと楽しみたい、という方向になってきている。だからドラを買って傷つけて音を出してみたり、通勤時間帯の新宿駅の南口に行って、雑踏の音を録ったりしている。その後、坂本は「強く意識しているわけではないし、新しい文明論を語りたいわけではないんだけど」と前置きしたうえで、津波が起きたあとの宮城県で弾いたピアノの話を教えてくれた。「海水に浸かってボロボロなんです。出ない音もあるし、調子はずれだし、でも僕は自然が調律したんだと思った。人間が無理やり調律した音階を自然が壊して自然の調律に戻したと。いい音だ、とても貴重だと思ったんです。意図的にはできないわけですから」

画像3: 坂本龍一が語る、
自身が今作りたい音楽について
画像: 仕事に使う必需品は、五線譜のノート、音符の玉がさっとかける太芯のシャープペンシルと消しゴム。モレ スキンの小型の五線譜手帳は外出用。下は外出時に必ず持って出かけるというスマートフォン用のマイク。 噴水の音、子どもたちの声など、気になる環境音をいつでもどこでも録音できるように。「マスクをして人の波に逆らいながら録音している。部長の悪口を言ってるOLの会話や人の足音がおもしろく聞こえるんですよ」

仕事に使う必需品は、五線譜のノート、音符の玉がさっとかける太芯のシャープペンシルと消しゴム。モレ スキンの小型の五線譜手帳は外出用。下は外出時に必ず持って出かけるというスマートフォン用のマイク。 噴水の音、子どもたちの声など、気になる環境音をいつでもどこでも録音できるように。「マスクをして人の波に逆らいながら録音している。部長の悪口を言ってるOLの会話や人の足音がおもしろく聞こえるんですよ」

 抽象的でもあり、プリミティブ(原始的)でもある、人間が楽器を使って作り出せない音。新作で追求しているのはそれだ。けれどアウトプットのかたちにはまだ悩んでいる。「けれど僕がいいと思って録音した新宿駅の雑踏の音の、どこからどこまでが坂本の作品なんだという問題が出てくる。どう音楽として楽しんでもらえるかたちに落とし込むか、そのさじ加減に頭を使っているところです。自然の中を自分が歩くなかで録る音は、自分にとってはいい感じですが、音楽なの?という人もいるだろうし、ただ音を楽しめるなら音楽と言えるのかもしれないし……」

 坂本はここで言葉を切った。「音楽であるかどうかは、もうどうでもいいことなのかもしれない」
 この言葉に、以前からずっと気になっていて、今日は聞こうと思っていた質問をぶつけた。「そもそもなんで音楽だったんですか?」と。父親は編集者で、母親は帽子デザイナーだった。社会科学から人類学、科学にまで広がる坂本の広い見識から、ほかにも選ぶことができたであろう多数の表現方法のなかから、音楽を選びとった理由を知りたかった。「その答えははっきりあって、交通事故のようにYMOが売れちゃったからです。そんなつもりなくYMOに参加したのに、急に有名になっちゃって、自分としてもミュージシャンだと認めざるをえないってことになったんです。それまでは、何にもなりたくないというか、職業を限定されるのが嫌だと思っていた。小学校の低学年の頃から、なりたい職業を聞かれると『ない』って答えてました。何かに所属するのが嫌だったんでしょうね」

 

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