今、作りたい音楽とはーー。 果たしてそれは、音楽なのか。そもそも、なぜ音楽家の道を選んだのか。 来春リリース予定のアルバムを制作中の坂本龍一を、NYのスタジオに訪ねた

BY YUMIKO SAKUMA, PHOTOGRAPHS BY LISA KATO

 何ものにもなりたくなかった坂本は、交通事故のようなきっかけを経て、27歳で「音楽家」になり、海外に頻繁に出るようになった。そして1990年にニューヨークに拠点を移し、以来、ライブや録音のために頻繁に日本との往復を続けてきたとはいえ、20年以上の月日をおもにこの街で暮らしてきた。若い頃は、否定しがちだった日本の古典的な文化に対する態度もシフトしてきた。「僕らの世代にとっては、日本の文化は戦前のナショナリズムの象徴だった。学生時代は尺八や琵琶を採り入れた武満徹さんに反発して、ビラを書いたりもしましたから(笑)。最近は海外に住んでいるからなのか年のせいなのか、古典芸能や工芸といった日本独自の文化にもだんだん関心が強くなってきて……。まったく縁がなかった能や雅楽も聴くようになってきました。能の世界にいる人たちと知り合って、となると恥ずかしいから勉強もするし、おもしろいから興味が尽きない。今年は、奈良県にある能の発祥の地を訪ねたんですが、能ができた過程をたどっていくと、縄文文化、つまり僕らの根源的なルーツまでたどれてしまうし、浄瑠璃や歌舞伎との関係性もわかってきて、長い日本の音楽の歴史が少し見渡せるようになってくるんですね」

 興味のシフトといえば、学生時代から好きで、唯一全集を持っている夏目漱石を、今また読み返している。「学生時代は『こころ』『明暗』と暗くて深いものが好きだったけれど、おもしろいと思えるところが今は全然違う。『草枕』なんてそのいい例で、何も起きないし、ドラマも何もない。峠のほうに旅にいって、宿屋に泊まったって話で、一枚の山水画のようで、でもそれがいい」

画像4: 坂本龍一が語る、
自身が今作りたい音楽について

 今年いっぱいで残された時間は新作に費やす、と言いながら、長期的なプロジェクトもいくつか抱えている。そのひとつが〈フォレスト・シンフォニー〉だ。木の生体電位を測定し、そのデータをもとに音を作るというプロジェクトで、2013年の山口情報芸術センターの10周年記念祭、札幌国際芸術祭でも行なった。「スポンサーがいなくて実現していないんですが、建築家の坂茂(ばん
しげる)さんとも計画中のプロジェクトがある。そのほかにもやりたいインスタレーションが山ほどあるけれど、自分ひとりでは実現しないし、とにかく時間が足りない」

 もうひとつやり続けているのが震災後に始まった〈東北ユースオーケストラ〉だ。「もう意地みたいなもんですよね。社会がどんどん忘れているみたいじゃないですか、震災があったということを。5年以上たっていまだに仮設に住んでいる人がいる。原発の付近には故郷に帰れない人が何万人もいて、その一方でオリンピックとか言ってる。僕には信じられない。けれどネガティブに批判するんじゃなくて、ポジティブなかたちでこたえたいと思っています」

 日本は育った故郷でもあり、活動の場でもある。同時にアウトサイダーとしての視点でも見ている。「戦後70年以上がたってもいまだにアイデンティティを保持していないように思えるし、戦前と変わっていない面と両方ある。特にね、自己主張をしない、声をあげない、上に逆らわないという国民性は気になる。国民主権ということは、主人は国民ひとりひとりなんだよと、これを自覚できないと民主主義が根づいたことにはならないよね」

画像: 日常的に使っているグッズを見せてほしい、というリクエストにこたえてくれた。左はお香のセ ット。京都の松榮堂のお香を好んで使っている。作曲するときに焚くこともあるし、ライブ時にもステージ脇で香りを焚いてから演奏に挑む。スタジオに入る前、ブレイク時には、お茶やコーヒーを自分で淹れる。お湯の温度や蒸らし時間まで、おいしくするための努力は惜しまない

日常的に使っているグッズを見せてほしい、というリクエストにこたえてくれた。左はお香のセ ット。京都の松榮堂のお香を好んで使っている。作曲するときに焚くこともあるし、ライブ時にもステージ脇で香りを焚いてから演奏に挑む。スタジオに入る前、ブレイク時には、お茶やコーヒーを自分で淹れる。お湯の温度や蒸らし時間まで、おいしくするための努力は惜しまない

 こういう話をしながら、やっぱり坂本の音楽家という肩書に感じる違和感をまた思い出した。「音楽活動っていうよりも、人間活動っていうほうが、坂本さんにはしっくりきませんか?」と。「そうかもしれないね。音楽家だけど、余計な口を出してしまうから。音楽家は音楽だけやっていろ、とインターネットで言われているらしいということも知っています。これは言わないと、というときだけ選んでいるつもりですけれど、発言するから偉いとも思ってません。でも音楽だけやればいいとも思わない。普通の人が口出すのが民主主義でしょ。職業に関係なく誰もが声を出せる社会じゃないとダメだと思うんです」

 

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