ー追悼ー
樹木希林さんインタビュー
「日々是上出来」

Profile in Style ―― Kiki Kirin Still Walking on Scripts
女優、樹木希林さんの訃報に接し、T JAPAN 2016年6月1日号掲載のインタビューをお届けします。是枝裕和監督との5本目のコンビ作『海よりもまだ深く』に寄せて語った、演じること、毎日を生きること――

BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPH BY SATOKO IMAZU

画像: ー追悼ー
樹木希林さんインタビュー
「日々是上出来」

「『愛の嵐』のこの人、本当に素敵だったわね。これがあるだけで、彼女は死ねるわよね。自分の容姿と過去の経験とピタッと嚙み合う代表作に出会うのって、本当に難しいことなのよ」
 樹木希林さんが本誌3月号を眺めながらこの人と呼ぶのは、表紙を飾るシャーロット・ランプリング。70歳を迎えた今年、『さざなみ』の演技でアカデミー賞にノミネートされたカリスマ女優だ。この2月、人種差別問題で揺れた今年のアカデミー賞についての率直なコメントで物議を醸したが、キャリアに培われたブレないスタイルは、どこか樹木さんに通じるものがある。

「そんな、ランプリングさんとじゃまるで違うわよ。でも彼女、『愛の嵐』のあと、思った役がずっとこなかったって言ってたわね。だけど、そうして重ねた歳月が顔に出てる。それが女優としての醍醐味よ。それなのにみんなアンチエイジングって注射で膨らましたり、吊ったりして。オノ・ヨーコさんも、『アメリカもそう。でも、あなたは顔、全然直してらっしゃらないわね』って言ってたわ。私なんて直すような顔じゃないからね。そこだけが、私が自分を知っているところかな」

 昨年は『あん』『海街diary』の2作が出品されたカンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩き、3月にはアジア全域を対象とした第10回アジア・フィルム・アワードで長年にわたる芸術、文化への貢献を称えられ、特別功労賞を受賞した。

「私の代表作は何かって? 私はね、ないのよ。助演どころかチョイ役、チョイ役って渡り歩く“チョイ演女優”できたもんだから。しいていえば、『海よりもまだ深く』かしら。そこ、カギカッコでくくってしっかり書いといてね(笑)」
 ちゃめっ気たっぷりに新作映画に話題を移す。その『海よりもまだ深く』は、『歩いても歩いても』(2008年)から五度目となる是枝裕和監督とのコンビ作。監督は、自称作家の息子(阿部寛)を案じる母親役を樹木さんがOKしてくれなければ、本作を撮らないつもりだったと語っていた。

「スケジュールがぎゅうぎゅうだったから、これ一本抜けたらラクになるなと、お断りしたの。作品はすごくいいので誰がやっても成立するから、すいませんって。向こうも、そうおっしゃらないでって、台本が行ったり来たりしてね。だって、舞台がエレベーターもない団地じゃあ楽しみがないのよ。『細雪』みたいな、待ち時間も楽しいところがいいじゃない? ベルサイユ宮殿とはいかないまでもよ……」

 樹木節が炸裂する。出演をやむなく承諾したように言いながらも、ひとたび役に入り込めば真骨頂を見せつける。生と死を飄々と受け止め、痛快な皮肉を飛ばして笑わせたかと思うと、ほろりとさせる老母役に、観客の視線は釘づけになる。
「台詞は全部書かれたもので、アドリブなんてまったくないのよ。是枝さんの台詞はどれもさりげないけど、裏っかわにホントがないと出ていかないの。“これあげるわ”と言っても、本当はあげたくないのよっていう気持ちがあるのとないのとでは違う。同じ台詞でも、それを選び取るのは役者。役者って面白い仕事なのよ」

“幸せは何かを諦めないと手に出来ない”“人生は単純なの”等々、彼女自身の生き方をのせて発せられる台詞は、老母の含蓄あふれる名言となる。
「"幸せは何かを諦めないと…"ってのも書かれたとおりのまんま。私は別にそうは思わないけど、台本の上を歩くのが役者だからね。この映画、"なりたかった大人になれなかった大人の物語"だっていうけど、私はいつも、今の状態を上出来だなって思ってる。今、あんたの人生これで終わりだよって言われたら、はいそうですか。上出来でしたって、いつでもさよならできるの」

 近年は、芝居だけにとどまらず、全身がん患者だとさらりと公表した生き方や、真実を突いた言葉にも注目が集まっている。そんな彼女の発言を集めた名言集サイトも作られているほどだ。「そんなの勝手にやってんの? 機械音痴だから見たことないけど、いい加減なこと言ってるのがバレるね」と本人は笑うが、自意識から解放され、ありのままを受け容れる彼女の強さ、しなやかさは、混迷の時代を生きるわれわれに勇気を与え、一筋の光を指し示す。「そ~んな大げさなことじゃないったら」と、たしなめの声が飛んできそうだけれど。

樹木希林(KIKI KIRIN)
1943年東京都生まれ。’61年に文学座に入り、TVドラマ「寺内貫太郎一家」で国民的女優となる。’08年には紫綬褒章を受章。映画も『わが母の記』『駆込み女と駆出し男』『あん』等、話題作への出演が相次いでいる

『海よりもまだ深く』
鳴かず飛ばずの自称作家(阿部寛)は、別れた妻(真木よう子)から息子の養育費の催促を受ける日々。団地暮らしの母(樹木)はそんな息子を案ずるが……。
2016年5月21日より、丸の内ピカデリーほか全国公開
公式サイト

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