漫画家としては、あの手塚治虫以来二人目となる、国立の美術館での個展を実現した荒木飛呂彦。その代名詞とも言える『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズを30年以上描き続ける、荒木の創作哲学とは

BY MASANOBU MATSUMOTO, PHOTOGRAPHS BY MIE MORIMOTO

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 荒木飛呂彦は、間違いなく、日本の漫画史に長く名を残す作家だ。代表作は、1987年に『週刊少年ジャンプ』で連載をスタートした『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ。現在もなお続くストーリーのすべての始まりは、主人公のジョースター家の跡取り息子ジョナサンと、この家に養子としてやってきたディオの戦いだ。少年漫画の王道たる“バトルもの”に、“同じ家に住む身近な他人が、吸血鬼になり、自分の命を脅かす存在になる”というホラー&サスペンス要素を掛け合わせたこの物語は、第2部以降、主人公と舞台を子孫の世代へとシフトし、ドラマとしてスケールを拡張していく。コミックスは今までに122巻が刊行され、その累計発行部数は1億部を超える。アニメ、小説、映画にもなった。

画像: 荒木飛呂彦 国立新美術館でのプレス内覧会にて、東京会場用の公式ビジュアルとともに。国立の美術館で漫画家の個展が開かれるのは、手塚治虫以来二人目 ほかの写真をみる

荒木飛呂彦
国立新美術館でのプレス内覧会にて、東京会場用の公式ビジュアルとともに。国立の美術館で漫画家の個展が開かれるのは、手塚治虫以来二人目
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 といっても、荒木はただ単に“売れている漫画の著者”というだけではない。パリ・ルーヴル美術館のバンド・デシネ(フランス語圏の漫画)プロジェクトに日本人で初めて招聘され、オリジナル作品を制作。また『ジョジョ』のキャラクターにグッチのコレクションを着用させたコラボレーション原画を描き、世界のグッチ店舗のウィンドウをその作品が飾った。ブルガリとはコラボレーションアイテムを制作。アメリカの権威ある生物学誌『セル』の表紙イラストを描いたこともあった。日本の漫画が海外で認知されるようになって久しいが、荒木のようにサブカルチャーの範疇を超え、世界基準のサイエンスやアート、ファッションのシーンにまで歓迎された漫画家は、珍しい。

画像: (写真左)『岸辺露伴ルーヴルへ行く』(集英社刊、2011年)の表紙。 パリ・ルーヴル美術館が企画したバンド・デシネプロジェクトの作品。普段は入れない美術館の地下室などを取材し、独自の物語を膨らました。荒木にとって初の完全フルカラー作品 (写真右)《徐倫、GUCCIで飛ぶ》『SPUR』2013年2月号別冊より。 グッチとのコラボレーション第2弾。第6部の主人公(シリーズ初の女性主人公)徐倫(ジョリーン)が着用しているのは、当時のグッチの最新コレクション。花柄や竹素材などに見られるグッチの自然への賛美に荒木も共感したと話す © HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA ほかの写真をみる

(写真左)『岸辺露伴ルーヴルへ行く』(集英社刊、2011年)の表紙。
パリ・ルーヴル美術館が企画したバンド・デシネプロジェクトの作品。普段は入れない美術館の地下室などを取材し、独自の物語を膨らました。荒木にとって初の完全フルカラー作品
(写真右)《徐倫、GUCCIで飛ぶ》『SPUR』2013年2月号別冊より。
グッチとのコラボレーション第2弾。第6部の主人公(シリーズ初の女性主人公)徐倫(ジョリーン)が着用しているのは、当時のグッチの最新コレクション。花柄や竹素材などに見られるグッチの自然への賛美に荒木も共感したと話す
© HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA
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 この5月、荒木は新しい試みに挑んでいた。いつものアトリエを離れ、都内に用意された臨時の作業場で、12枚の大型原画を描いていたのである。その作品は『ジョジョ』誕生から30年の集大成となる『荒木飛呂彦原画展 JOJO 冒険の波紋』で、目玉として披露されることが決まっていた。私たちが作業場を訪れた日、荒木は制作途中の絵に筆を入れながら、そこに描かれているのが等身大の『ジョジョ』のキャラクターであることを教えてくれた。

画像: 初の大型原画制作だったため、「画材の量や絵の具の乾燥時間など、予想外のことが多く苦戦した」と話す。荒木が描いているキャラクターは、キラークイーン。人気の“スタンド”だ ほかの写真をみる

初の大型原画制作だったため、「画材の量や絵の具の乾燥時間など、予想外のことが多く苦戦した」と話す。荒木が描いているキャラクターは、キラークイーン。人気の“スタンド”だ
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画像: 12枚の大型原画を仕上げる荒木。 モチーフは『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラクターだ。「等身大だと、顔や体をなでるように筆が動く。すると何千回も描いてきたキャラクターが、いっそう愛おしく感じられるんです」 ほかの写真をみる

12枚の大型原画を仕上げる荒木。
モチーフは『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラクターだ。「等身大だと、顔や体をなでるように筆が動く。すると何千回も描いてきたキャラクターが、いっそう愛おしく感じられるんです」
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「原画展の東京の会場は国立新美術館。これまでの原画展の会場と比べても、かなり広い。空間に負けないものが必要だと思ったのです。以前、現代画家の山口晃さんが、『漫画ほどのサイズの絵が描けるのなら、大きいものも描けますよ』と言っていて、この機会に試してみようと。そして、せっかくならばキャラクターを等身大に。鑑賞者がこの作品を観たとき、その人とキャラクターたちで同じ場所を共有している――そんな一体感を生む絵を描こうと思ったのです」

 ふと作業場の机に目をやる。並んでいるのは、サインペンとGペン、筆、そして大量の墨汁とアクリル絵の具、カラーインク。荒木が普段漫画を描くときとほぼ同じ画材だ。この巨大な絵が、デジタルでも新しい技法でもない、いつもの“手描きの漫画原画”であることも、荒木にはとても重要な意味をもっていた。「僕は、漫画を描いているときに起こる“化学反応”のようなものが好き。偶然性と言うのでしょうか。たとえば、色を隣り合わせに塗ったときに生まれる、思いもよらないコントラストや色のにじみ。“こんなふうになるのか!”という驚きが楽しい。漫画には物語やキャラクター、世界観などいろいろな魅力がありますが、そのなかに“手描きの原画を楽しむ”ことも加えたい。しかも、印刷するために描いた原画とはまた違う、“原画を楽しむための原画”を」

画像: 作業場に置かれていた大型原画の設計図。これをベースに着色していく ほかの写真をみる

作業場に置かれていた大型原画の設計図。これをベースに着色していく
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画像: 色の調合レシピ。いくつかのインクをミックスし表現したい色を作る ほかの写真をみる

色の調合レシピ。いくつかのインクをミックスし表現したい色を作る
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 原画展の会場には、完成した大型原画に加え、初公開を含む数々の原画、そして彫刻家の小谷元彦やファッションブランド、アンリアレイジのデザイナー森永邦彦など“ジョジョ派”のアーティストとのコラボレーション作品も並んだ。それらの展示品は『ジョジョ』がもつ多彩な魅力を改めて教えてくれる。たとえば、超能力を実体として描いた“スタンド”、ルネサンス期の彫刻やファッション誌にインスパイアされた“ジョジョ立ち”と呼ばれるキャラクターのポーズ、そして登場人物たちの名言など。と同時にこう思わせた。これだけ表現の幅が広い『ジョジョ』という作品を、荒木はどういう発想で創り出したのか?

画像: 原画展のプレス内覧会にて、完成された大型原画《裏切り者は常にいる》の前に立つ荒木。 鑑賞者とキャラクターの融合を目指し、「観る者の目の高さが、絵に描かれた地平線(遠近法における消失点)に合うように作品を設置しました」と説明した ほかの写真をみる

原画展のプレス内覧会にて、完成された大型原画《裏切り者は常にいる》の前に立つ荒木。
鑑賞者とキャラクターの融合を目指し、「観る者の目の高さが、絵に描かれた地平線(遠近法における消失点)に合うように作品を設置しました」と説明した
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 その答えは、原画展の開催にあたり荒木がコメントした「漫画界に感謝したい」との言葉の真意にも紐づいていた。
「漫画界への感謝とは、今のこの業界を盛り上げている若い作家に対してでもあり、もちろん先輩たちへの感謝です。『ジョジョ』という作品は、僕がずっと手塚治虫先生や藤子不二雄先生、ちばてつや先生、大友克洋先生などの作品を読んできて、“そうではないもの” “彼らと似ていないもの”を描く、という発想で生まれているんです。先輩なくしてはありえない」と荒木。“そうではないもの”とは、“アンチ”ではない。脈々と受け継がれる漫画の王道的な面白さや表現、スタイルをロジカルに研究し、その本脈の上に“新しいもの”を生み出そうとするプロセスが『ジョジョ』の源泉だということだ。「今思えば、70〜80年代の漫画家は天才たちだらけ。また、音楽やファッションでも新しいものがどんどん生まれて、刺激的でした。あの時代にデビューし『ジョジョ』を描き始めることができたのは、よかったかもしれない」

画像: 《第1部ファントムブラッド》『週刊少年ジャンプ』1987年第46号より。 第1部の主人公ジョナサン・ジョースターが死亡するシーン。当時の少年漫画のセオリーを破るものとして話題になった © HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA ほかの写真をみる

《第1部ファントムブラッド》『週刊少年ジャンプ』1987年第46号より。
第1部の主人公ジョナサン・ジョースターが死亡するシーン。当時の少年漫画のセオリーを破るものとして話題になった
© HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA
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 当時、影響を受けたもののひとつに、ホラー映画を挙げた。80年代は、低予算で実験的な作品が次々と制作された、ホラー映画の発展期だという。「日本で公開されていない映画をビデオで輸入までして。なかでもゾンビ映画は、“死んだ人が生き返る” “ボスは存在せず、すべて平等”と、人間社会の哲学やルールと逆転していて、面白いんです」。またその頃のバブル経済の様相も『ジョジョ』に影響を与えたと述べる。それは少年漫画のヒットのセオリーにもなっていた“トーナメント形式”のバトルを採用しないこと。“トーナメント形式”では主人公は強い者を倒し、さらに強い者と戦っていく。そうすると最終的にはパワーはインフレを起こし、崩壊してしまうだろう。そこで荒木は、主人公が旅中に敵と出会い、“すごろく形式”で戦うというスタイル、また力ではなく知恵で戦う“頭脳戦”という方法を選んだ。

画像: アトリエの本棚には、世界各地の建築やインテリア、乗り物などの参考資料が並ぶ。なかには料理のマナー本もあり、徹底したリアリティを求める荒木のこだわりがうかがえる ほかの写真をみる

アトリエの本棚には、世界各地の建築やインテリア、乗り物などの参考資料が並ぶ。なかには料理のマナー本もあり、徹底したリアリティを求める荒木のこだわりがうかがえる
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画像: 普段の漫画を執筆するアトリエにて。 基本デジタルは使わず、アナログ派。自宅からここまでは徒歩で通勤 ほかの写真をみる

普段の漫画を執筆するアトリエにて。
基本デジタルは使わず、アナログ派。自宅からここまでは徒歩で通勤
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 そうやって荒木は、哲学や経済そして自然科学などをうまい具合に取り入れながら、『ジョジョ』の世界に、今われわれが生きる世界に通じる“同時代性”や“現実感”を加えてきたように思える。
「たとえば、木を描くとき、枝がどうついているかをきちんと観察していないと変な絵になってしまいます。絵を描くことは、ある種、化学実験。絵を描きながら学んでいる部分もあると思います。自然科学や物理学、そして哲学や経済、そういったものが全部一体化した思想や理論の中で『ジョジョ』の世界を描いていくことが理想です。漫画はファンタジー、架空の世界の話。ですが、一体化した思想や理論のもとに描いていくと、不思議とキャラクターたちが、今そこに“存在”している感じがしてくる。それがすごく楽しいし、その絵を目指している」

 この取材で荒木にどうしても聞きたいことがあった。漫画家人生の転機について。『ジョジョ』という作品が、荒木本人の人生とどうリンクしているか、その答えのヒントがそこにあると思ったからだ。だが返ってきた答えは、意外。「胃腸炎で入院したときでしょうか。42歳のとき。本当に厄年ってあるんだなって」。そのとき、太い胃カメラを飲まされたのが人生でいちばんショックだったという。「体力的に無敵な時代は永遠ではない、旅行に行ったり料理を始めたり、もっと日常を楽しみたいと思ったんです。漫画以外にも目が向くようになった」

画像: ロックを中心に洋楽にも精通しており、作品のネタにもしてきた荒木。音楽をかけながら作業をするのが日課で、デスクまわりには、CDが山積みに。最近はエルヴィス・プレスリーが個人的に再ブームだという ほかの写真をみる

ロックを中心に洋楽にも精通しており、作品のネタにもしてきた荒木。音楽をかけながら作業をするのが日課で、デスクまわりには、CDが山積みに。最近はエルヴィス・プレスリーが個人的に再ブームだという
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 ちなみに、得意な料理はイタリアンだという。過去にオンラインの企画でパスタ料理の腕前を披露していたが「さらに試行錯誤を加えて、ようやく“完成形”と呼べるものが何種類かできました」と話す。では、料理の面白さとは?「たとえば、ニンニクを刻むのか、スライスするのかで味や風味が変わってきます。レモン汁と塩とオリーブオイルを合わせる順番でも変わってくる。それは、絵を描いているときに起こる“化学反応”のようなものにも似ていて、それを研究していくのが楽しい。ナポリタンを作るとき、炒める途中と仕上げの2回にわけてケチャップを入れるのがおいしさの決め手なのですが、絵の場合でも、同じようにピンクを2回重ねると、より美しさが増すのです」

画像: 《第5部黄金の風》『週刊少年ジャンプ』1996年第5・6合併号より。 主人公は宿敵DIOの血を継ぐジョルノ・ジョバァーナ。舞台は荒木が大好きなイタリア © HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA ほかの写真をみる

《第5部黄金の風》『週刊少年ジャンプ』1996年第5・6合併号より。
主人公は宿敵DIOの血を継ぐジョルノ・ジョバァーナ。舞台は荒木が大好きなイタリア
© HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA
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 この“化学反応”という言葉は、荒木の特異性をうまく言いあてているように思える。アートとしても評価される彼の原画で起こる“化学反応“。結果、『ジョジョ』を深化させた、ファッションやアートなどとの出会いやコラボレーションも“化学反応”だ。そして今回、原画展の会場には多くのファンが足を運び、荒木が「細かいところまで観てほしい」と言った大型原画を楽しんでいた。鑑賞者それぞれのなかでも、おそらく荒木の言う“化学反応”が起こったに違いない。

荒木飛呂彦(HIROHIKO ARAKI)
1960年宮城県生まれ。’80年手塚賞に準入選した「武装ポーカー」でデビュー。’87年に『週刊少年ジャンプ』で『ジョジョの奇妙な冒険』を連載開始(現在は『ウルトラジャンプ』にて連載中)。2012年、仙台と東京・六本木で本格的な原画展を開催。’14年、文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞

画像: 原画展の公式ビジュアル。 東京会場は、第3部の主人公である空条承太郎(左)、大阪会場は宿敵、DIO(右)がモチーフに。荒木自身も認める“最強のふたり”だ。この2枚の原画も会場に展示されている © HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA ほかの写真をみる

原画展の公式ビジュアル。
東京会場は、第3部の主人公である空条承太郎(左)、大阪会場は宿敵、DIO(右)がモチーフに。荒木自身も認める“最強のふたり”だ。この2枚の原画も会場に展示されている
© HIROHIKO ARAKI & LUCKY LAND COMMUNICATIONS / SHUEISHA
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『荒木飛呂彦原画展 JOJO 冒険の波紋』
東京での展示が大盛況のうちに閉会した『ジョジョ』の集大成たる原画展は、11月25日(日)から大阪会場(大阪文化館・天保山)に場所を移して開催。大型原画を含む、荒木の原画展が大阪で開催されるのは今回が初となる

会期:2018年11月25日(日)~2019年1 月14日(月・祝)
会場:大阪文化館・天保山(海遊館となり)
住所:大阪府大阪市港区海岸通1-5-10
開場時間:10:00~20:00 ※最終入場は閉館の30分前まで
定休日:無休
電話:
~11/20(火) 050(5542)8600<ハローダイヤル>(8:00~22:00)
11/21(水)~ 06(6574)2323<大阪会場事務局内>(9:30~20:00)
チケット予約:チケットの購入方法などの詳細はこちらより
公式サイト
※ 開催内容は予告なく変更になる場合があります。

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