身体という有限な器で挑む、無限の世界。世界各地で精力的に活動を続けるダンサー勅使川原三郎が、現在見つめるものとは何か。本拠地・荻窪でインタビューした

BY SHOUKO FUJISAKI, PHOTOGRAPH BY SHINSUKE SATO

 ダンサー勅使川原三郎の活躍から目が離せない。ダンス、振り付けはもちろん、照明や衣装、音響、舞台美術も手がけ、作品のすみずみにまで美意識を行き渡らせる表現者として各国に招かれ、本拠地の東京・荻窪でも矢継ぎ早に新作を発表する。身体という有限な器で挑む、無限の世界。空間をたゆたい重力を操るような彼のパフォーマンスを体験すると、世界の見え方は一変する。

 今年はフランス、ベルギー、香港などの舞台に立った。4月にはハバナのダンスカンパニー「アコスタ・ダンサ」と新作を創り、7月にストックホルムで新作オペラ『ピグマリオン』を演出して宮廷劇場で上演。9月にはリヨンのオーケストラの演奏でベルリオーズの『幻想交響曲』を踊るなど、ざっと活動を並べるだけでも世界的な人気がわかる。

画像: ドストエフスキーの小説をもとにした、佐東利穂子(左)とのデュオ作品『白痴』。2016年12月のシアターX公演から PHOTO BY AKIHITO ABE

ドストエフスキーの小説をもとにした、佐東利穂子(左)とのデュオ作品『白痴』。2016年12月のシアターX公演から
PHOTO BY AKIHITO ABE

 各国の名門劇場での活躍はたしかに目を引くが、よりいっそう刺激的な新作誕生の瞬間を至近距離で目撃できる空間が、東京・荻窪の商店街の一角にある。2013年7月に、自身のカンパニー「KARAS」の拠点として設立したスペース、「KARAS APPARATUS(カラス・アパラタス)だ。キャパ70人の劇場、スタジオ、ギャラリーを備え、通路も含めて全館にダンスマットを敷き詰めている。「アップデイトダンス」と題した新作を毎年いくつも生み育て、世界へと羽ばたかせている。

「僕は欲が深いから」と勅使川原が言うように、題材は多彩だ。ドストエフスキーの小説に想を得た『白痴』や、幼少時に大やけどを負って体験した紫外線治療に基づく『火傷の季節』もあれば、オペラ、宮沢賢治の詩にインスパイアされたものも。BGMもクラシック、ロック、自然音、朗読など幅広いが、一切の音響を排した『静か』という作品もあった。

 どの作品も、大まかな構成の流れはあるが、固定された振り付けがない。だがリズムに合わせた成り行き任せではなく、むしろ厳密で明確な意思がダンサーに求められる。「どう動くか以前に、どのように存在するべきか、それを理解しなければいけません。テーマに対して自分は何を感じ、何を聞いているのか、その起点、Originをまず客観視する。その準備ができれば、おのずとそのように体は動きます」

画像: 8月にカラス・アパラタスで上演されたアップデイトダンスNo.53『火傷の季節』から COURTESY OF KARAS

8月にカラス・アパラタスで上演されたアップデイトダンスNo.53『火傷の季節』から
COURTESY OF KARAS

 具体的な振り付けや動き方の手本を示さず、ワークショップや対話を重ねてあるべき動きの流れを導き出す勅使川原のメソッドに学ぼうと、オーレリ・デュポン芸術監督が率いるパリ・オペラ座バレエ団や、英国ロイヤル・バレエの元プリンシパル、カルロス・アコスタが創設したカンパニーも彼との共作を望んできた。「難しい振り付けを完璧にこなせて『私は大丈夫。何でも言ってください』というダンサーほど苦労しています。彼らのプライドを否定はしません。でも、自分をゼロにして白紙の状態でその場に新鮮に立ち向かえる謙虚なダンサーが、良いダンサー。今では古典になった芸術作品も、みんなそういう作り方の中から生まれてきたはずです」

 観客に対しても、作品を共有するためのことばを惜しまない。アパラタスでは、作品を踊り終えると流れる汗もそのままにマイクを持ち、創作意図やそのときどきの心境を打ち明ける。語り終えると劇場の外で観客ひとりひとりを見送り、質問に答え、感想を受け止める。規模が小さくとも、ここは真剣勝負のパブリックな場なのだ。勅使川原のメソッドを受け継ぎ作品の多くに出演するダンサー佐東利穂子も、8月のアップデイトダンス『幻』の終演後にこう語っている。「海外で活動して帰ってくる荻窪は、楽しみでもあり、怖くもある空間。未知のことに挑める安心感と不安の両方があります」

 勅使川原は「90年代にコンテンポラリーダンスが盛んになったといわれましたが、ダンサー、批評家、劇場をそれぞれ育成しなければ将来はありません。プロとして表現し続けるためには戦略的に思考しなければならないと思います」と語り、アパラタスの運営に心を砕いてきた。

画像: 勅使川原三郎。ダンサー、振付家、演出家。クラシックバレエを学んだ後、1981年より独自の創作活動を開始。1985年、宮田佳と共にKARASを結成。舞台美術・照明デザイン・衣装・音楽構成も自ら手がけ、既存のダンスの枠組みに捉えられない新しい表現を追求している

勅使川原三郎。ダンサー、振付家、演出家。クラシックバレエを学んだ後、1981年より独自の創作活動を開始。1985年、宮田佳と共にKARASを結成。舞台美術・照明デザイン・衣装・音楽構成も自ら手がけ、既存のダンスの枠組みに捉えられない新しい表現を追求している

「ヨーロッパに比べると、日本の劇場上演の状況はあいかわらずかなり劣っています。この理想的ではない環境でこそ可能なこととは何か――?と私は考えました。そこで、何の制約も義務のない個人が劇場を自由に運営する、という大逆転の発想をしたわけです。日本の文化としてわれわれの中に根付いている、“逆境を逆手にとって現実を好転”させたということですね。弱さを受け入れ、かつ否定的ではない進歩を構築できるか、という挑戦です。西洋的には弱さは受け入れ難いものですが、それができるのは、日本人の弱さからくる強さだとも思うのです」

 弱さと強さ、影が強調する光、高く跳ぶ前に低く沈む体、細胞の死とともに更新される生――対立する概念が作品の中で反転し、溶け合い、観客の意識の中で変容をとげていくのが勅使川原作品のおもしろさであり強さ。「プロとして入場料をとる作品ですから、構成があって終わりがあります。その終わった瞬間、止まっている瞬間が、何かにつながっていくというおもしろさがある。終わった先に、次の可能性が始まっているのです」

 10月はフランス、イタリア、ロシア、秋田を回り、11月にアパラタスで「アップデイトダンス」第55弾となる新作『読書』を発表。12月には東京芸術劇場で『月に憑かれたピエロ』(シェーンベルク作曲)と『ロスト・イン・ダンス -抒情組曲-』(ベルク作曲)を踊る。

アップデイトダンス No.55『読書』
出演:佐東利穂子
演出・照明:勅使川原三郎
期日:11月3日(土)~11日(日)
会場:カラス・アパラタス
住所:東京都杉並区荻窪5-11-15
入場料:一般/予約¥3,000(当日¥3,500)、学生¥2,000(予約・当日とも)
電話:03(6276)9136(カラス・アパラタス)
公式サイト:http://www.st-karas.com/

「月に憑かれたピエロ」「ロスト・イン・ダンス-抒情組曲-」
演出・振付・照明・美術:勅使川原三郎
出演 ダンス:勅使川原三郎、佐東利穂子、
歌:マリアンヌ・プスール、指揮:ハイメ・ウォルフソン
期日:2018年 12月1日(土)18:00開演、2日(日)16:00開演、4日(火)19:30開演
会場:東京芸術劇場プレイハウス
住所:東京都豊島区西池袋1-8-1
チケット:S席¥5,000、A席¥4,000、65歳以上(S席)¥3,000、25歳以下(A席)¥2,500、高校生以下¥1,000(税込み・全席指定)
電話: 0570(010)296
(東京芸術劇場ボックスオフィス、休館日を除く 10:00~19:00)
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